浪速風

広島の77年を思う

〈からりと晴れた土用の朝だ。雲一つない紫紺の空にくっきりと浮かびあがった庭の樹木、まばゆい光、しかも逆光、濃い影が庭に深味を与えて、とても美しい。〉77年前のきょう、広島の朝はこんなに美しかったと、当時広島逓信病院長だった蜂谷道彦氏は『ヒロシマ日記』につづっている

▶病院近くの自宅で被爆し負傷したが、被爆者の治療に尽力。当時の惨状や被爆者の症状を記録したメモは医学系の機関紙に掲載され、これを読んだ米国の原爆傷害調査委員会のワーナー・ウェルズ博士が英訳を持ちかけて1955年、ノース・カロライナ大学出版局から出版。その後世界十数カ国で出版され、惨禍を世界に伝えた

▶「75年間は草木も生えぬ」との不毛説も流された被災地には緑が茂り、夏の日差しに輝いている。被爆者の平均年齢は84歳を超えたが、佐藤鬼房(おにふさ)のこの句に、決して風化させてはならぬと背筋が伸びる。〈魔の六日九日死者ら怯え立つ〉

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