小林繁伝

最高の火消し…「南海・江夏」が初登板 虎番疾風録其の四(84)

太平洋との開幕戦で移籍後初登板。初セーブを挙げ、野村監督(手前)と握手する南海の江夏豊=昭和51年4月、福岡・平和台球場
太平洋との開幕戦で移籍後初登板。初セーブを挙げ、野村監督(手前)と握手する南海の江夏豊=昭和51年4月、福岡・平和台球場

昭和51年の開幕戦。阪神も4点のリードを守り切れず、広島と4―4の引き分け。中日はエース星野仙が大洋打線をわずか2安打1四球に封じ、1―0で貫禄の完封勝ち。一方、パ・リーグは阪急のエース山田が近鉄打線を5安打完封。11―0で圧勝し、好スタートを切った。

さて、南海に移籍した江夏はどうなったのだろう。4月3日の太平洋との開幕戦(平和台)は雨で中止。4日、仕切り直しとなった平和台球場には2万6千人のファンが詰めかけた。

目当ては〝開幕投手〟と噂されていた江夏。ところが、試合前の練習で江夏はのんびりと打撃投手のボールキーパーをやっている。「南海の先発は山内」。場内アナウンスにスタンドから大きなため息が起こった。

「きょうのオレの役目は終わり」。江夏はベンチ裏へ引っ込んだ。


◇4月4日 開幕戦 平和台球場

南 海 001 000 201=4

太平洋 100 001 001=3

(勝)山内1勝 〔敗〕東尾1敗 (S)江夏1S

(本)大田①(山内)竹之内①(山内)


突然、クライマックスがやってきた。南海の2点リードで迎えた九回、山内が竹之内に一発を浴び1点差。2番手佐藤も白に中前打。1死を取ったところで野村監督はリリーフ江夏を告げた。

大歓声に包まれて江夏がマウンドに立った。背番号「17」。南海・江夏の初マウンドである。すでに代打の若菜はその貫禄に圧倒されていた。「よくバットに当たったもんだ」と一ゴロに倒れ、続く楠城も2―3から右飛。江夏はマウンドでポンポンと跳び上がって手をたたく。そして駆け寄った野村監督の手をがっちりと握った。

「監督のサインがはや過ぎてよう分からんかった。どうにでもなれ―とストレートをど真ん中に投げたった。久しぶりに体が震えたわ。男冥利(みょうり)に尽きる登板やった。えっ、セーブがつくの? ことしはセーブ王を狙ってみるか」

江夏は会心の笑顔を見せた。

実は江夏が野村監督の〝決断〟で抑えの切り札〝守護神〟になるのは翌52年6月のお話。左腕の血行障害と持病の心臓病で長いイニングを投げられなくなった江夏をどうすれば生き返らせられるか。当時まだ抑えの専門職が確立されていない中での野村の決断だった。52年、江夏は22セーブポイントを挙げパ・リーグの初代「最優秀救援投手」に輝いている。(敬称略)

■小林繁伝85

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