社長といっしょに 66歳からの油絵チャレンジ

不安だらけ 現実と違う色を塗れ

田伏勉先生(左)の「ワシを信じて…」の言葉に従い色を塗る河内卓也社長(前川純一郎撮影)
田伏勉先生(左)の「ワシを信じて…」の言葉に従い色を塗る河内卓也社長(前川純一郎撮影)

木炭デッサンで笑顔が戻った画材店「カワチ」の3代目、河内卓也社長(48)。だが、このあとにさらなる〝試練〟が待ち受けていた。色づけに入るや田伏勉先生(72)から「現実の色とは違う色を塗っていくで」と指示されたのである。とにかく指示通りに塗っていく。「なんで、この色を塗るのか分からないです。このままで、ホンマにちゃんとした絵になるんでしょうか」。卓也社長の心に再び〝不安〟が芽生えた-。

坂道がピンク

「構図の取り方がよろしい」と田伏先生は卓也社長のデッサンを褒めた。社長は笑顔で「黄土色」での下塗りに移る。

デッサンの上から筆で明暗をつけ、刷毛(はけ)でザーッと掃いていく。実は卓也社長が笑顔だったのはここまでだった。

色づけに入ると田伏先生の口からこんな言葉が飛び出した。

「現実の色とは違う色を塗っていくで」

「えっ」と卓也社長。動画を撮影しているカワチの社員たちも息をのんだ。

先生のいう現実の色と違う色とは、例えば少女の履いているブルーのジーンズは「赤」。白いTシャツは「黄色」。黒髪は「茶色」。左から迫っている岩は「紫」。駆け上がる坂道はなんと「ピンク」。

下塗りは「黄土色」で
下塗りは「黄土色」で

「ほんまにこんな色を塗ってええんですか?」と白と赤でピンクの色を作りながら卓也社長が不安そうに聞いた。

「ええんや。ワシを信じてまずは言う通りに塗ってみ」

<出たぁ>と筆者は思った。「わしを信じて…」のフレーズは『65歳からのクレパス画』でもよく聞かされたのだ。信じろ-と言われても…。卓也社長の表情から「不安」なのがよく分かった。

先生を信じて

田伏先生はドンドン先に作業を進めた。

「社長、絵の具の量が少ないで。もっと厚く。自分が思っている〝倍〟にしてはじめて、見た人は〝普通〟に見えるんや」

「ズボンの右足と左足の間が広すぎる。絵を描くときは物を見るのと同時に〝空間〟も見なあかんで」

先生の指摘はどれもこれも、なるほどと思うことばかり。だが、社長の筆は進まない。

「どや、自分の目に入ってくる色とまったく違う色を塗るのは、抵抗感があるやろ」と先生。

「むちゃくちゃ、抵抗感があります」

「なんでか分かるか?」

「……」

「それはウソをついているように思うからや。けど、その気持ちとケンカせなあかん。ウソをついてええんです。それが絵を描くということなんやから」

田伏先生は水彩画は「味わい」、油絵は「戦い」と表現する。まさに、卓也社長にとって、先生の言葉を信じられるかどうかの〝戦い〟である。

「きょう塗った色は次には全部なくなるんやから、信じて描き」

悪戦苦闘は3時間に及んだ。ようやく塗り終えた。だが、卓也社長の顔には喜びはない。「疲れたなぁ!」と大きな息を吐いた。そして先生に聞こえないように小声でつぶやいた。

「めちゃめちゃ、稚拙な感じがする。こんなんで、ちゃんとした絵になるんかな…と不安だらけです。いまは、何、この絵は? あのデッサンは何やったの?としか思えません」

悩みと苦しみの中で10号の2日目が終わった。

「心」で分かる

社長が帰ったあと、筆者は田伏先生に尋ねた。

「なんで違う色を塗ることの意味を説明してあげへんのですか?」

「口でなんぼ説明しても、頭では理解できても心では分からん。黙って言う通りにやれ-といわれ、なんでやねん!と怒りながら描く。仕上がったとき、あぁ、先生の言うてることはこういうことやったんか-と〝心〟で分かる。田所君もそうやったやろ?」

たしかに、そうだった。次回が楽しみである。

説明より体験

苦しかったあの日々-。実は筆者は昨年、クレパス画企画で「マグマ大使」を描いたあと、F100号(162センチ×130センチ)の大作に挑んだ。

ギリシャ神話の「アポロンとダフネの悲恋」がモチーフ。キューピッドに〝恋する矢〟を撃たれた太陽神アポロンが〝逃げる矢〟を撃たれたダフネを追いかけ、アポロンに捕まったダフネが月桂樹の木に変身する-という物語だ。

アポロン-太陽神-太陽族-とくれば主役は石原裕次郎。なら逃げるのは浅丘ルリ子。時代は筆者が生まれた昭和30年代前半-。

ところが、デッサンが終わると田伏先生がこんなことを言い出した。画面全体に「黄色を塗れ」「赤を塗れ」「緑を塗れ」。なんでこんな色を-と質問しても「ワシを信じろ」の一点張り。そのあとも「削れ」「塗れ」また「削れ」。不安と失望の日々が続いた。

ところが、そのあと「固有色(実際の色)」を塗り始めると、下に塗ったいろんな色が〝深み〟となって生きてくるではないか。

「人間の見える色は一色でも、自然の色は多くの色が複雑に混ざりあっているんや。そんなもん口で説明するより、自分で体験した方がよう分かる」

題して『さよならアポロン』は出来上がった。(田所龍一)

■消えた高級キャンバス 「最近、値段の高い高級なキャンバスを見んようになった。作ってへんのんか?」と田伏先生が卓也社長に尋ねた。

「高いキャンバスはもう売れないんですよ。油絵が主流のときは、絵の具のつきがいい高級な物が売れたんですが、いまは固着の強いアクリル画が主流。キャンバスの特質なんて関係なくなってしまったんです」

安いキャンバスしか売れず、次々と老舗メーカーが姿を消しているという。

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