「2年目のジンクス」は死語か 攻略と対策の激しい応酬

プロ1年目に22勝を挙げ、タイトルを総なめした日本ハムの木田勇。2年目以降は苦しんだ
プロ1年目に22勝を挙げ、タイトルを総なめした日本ハムの木田勇。2年目以降は苦しんだ

プロ野球界には古くから「2年目のジンクス」という言葉が存在する。ブレークしたルーキーや若手がその翌年、相手から研究されたり、疲労が蓄積したりして一転して不振に陥ったときに使われる。しかし、新人の豊作年といわれた昨季に活躍し、新人王に輝いた栗林良吏(りょうじ)(広島)、宮城大弥(ひろや)(オリックス)らは今季も前年と遜色ない成績を残すなど、今や「死語」になりつつある。マークする選手の研究、分析の高度化により、他球団の「攻略」とそれに対応する「対策」のサイクルが短くなっているためとの指摘もある。

伝説のサウスポー

昨季は新人王の2人のほか、奥川恭伸(やすのぶ)(ヤクルト)、伊藤将司、中野拓夢、佐藤輝明(いずれも阪神)、牧秀悟(DeNA)、伊藤大海(ひろみ)(日本ハム)の6人も新人特別賞の表彰を受けた。故障で戦線離脱している奥川以外は今季もチームの主力として前年以上の働きを見せ、ジンクスの影は全く感じられない。

プロ野球のオールドファンが2年目のジンクスを話題にするとき、必ず名前が出てくる選手が木田勇(元中日)だ。社会人を経て日本ハムにドラフト1位で入団した1年目の1980年、左腕からの力のあるストレート、パームボールを武器に22勝(8敗)。最多勝、最優秀防御率、最高勝率のタイトル(当時連盟表彰の対象ではなかった最多奪三振も記録)を獲得し、MVP、新人王の両方に選ばれた。しかし、2年目に10勝10敗と成績が下降。3年目以降は2桁勝利を挙げられず、大洋(現DeNA)、中日を経て90年に現役を退いた。通算成績は60勝71敗だった。

第22回日本レコード大賞の授賞式に審査委員として出席した日本ハムの木田勇(中央)。左はセ・リーグ新人王に輝いた阪神の岡田彰布、右は西武にドラフト1位指名された石毛宏典=1980年12月31日、日本武道館
第22回日本レコード大賞の授賞式に審査委員として出席した日本ハムの木田勇(中央)。左はセ・リーグ新人王に輝いた阪神の岡田彰布、右は西武にドラフト1位指名された石毛宏典=1980年12月31日、日本武道館

平成の時代も

平成の時代もジンクスは存在した。98年に中日で14勝を挙げて新人王となった川上憲伸(元中日)は5年目に12勝をマークするまでの3シーズン、8勝、2勝、6勝と低迷。99年に巨人で20勝した上原浩治(元巨人)も2年目は9勝だった。最近では2016年新人王の高山俊(阪神)が思い浮かぶ。1年目に外野のレギュラーを獲得し、136安打、打率2割7分5厘をマークしたが、2年目は82安打。その後も数字を残せず、昨季は1軍出場なし。復活を期した今季も打率は1割台。6月29日の2軍戦で右膝を骨折し、長期離脱を余儀なくされるなど苦しんでいる。

川上、上原は後にレジェンド級の選手になったため、ジンクスとは無縁だったような印象だが、木田や高山のように低迷したままだと、ジンクスの該当者のイメージが強くなる。

コロナ禍も影響?

2年目のジンクスの理由についてはいろいろ挙げられる。相手に研究され、攻略法をつかまれるからというのが定番だ。オフに行事などで忙殺され、疲労が取れず調整不足につながるという説もある。木田は1年目のオフ、紅白歌合戦の審査員に呼ばれたり、親会社のCMに出演したりと引っ張りだこ。ジンクスのわなが待ち構えていた。

昨年活躍した新人、若手らが今季も成績を残せているのはなぜか。現在の選手はトレーニングや体のケアへの意識が高いほか、新型コロナウイルス禍のもと、飲みに行ったり、イベントに呼ばれたりするのが少なくなっているのも要因に挙げられるだろう。

さらに関係者は「各球団の対策が早くなっている」と指摘する。以前より映像の解析やデータ収集などのスキルがバージョンアップされ、目立った活躍を見せた新人に対しては2年目を待つことなく、そのシーズン後半には「丸裸」にできるというのだ。

昨季、高卒2年目だった宮城は8月までは11勝1敗、防御率1・99だったが、9月以降は2勝3敗、防御率4・28だった。佐藤輝も7月7日に20号を放って以降、シーズン終了まで4本しか上乗せできず、終盤には59打席連続ノーヒットと苦しんだ。これらはジンクスが後半戦にやってきたことを証明している。それを乗り越えて今季も活躍する2選手は、他球団の「攻略」を上回る「対策」により、突き止められた癖やウイークポイントの克服に成功したのだろう。

3年スパンで評価へ

さらに球界には、新人を1年目だけでなく、2~3年のスパンで評価しようという流れがあり、「2年目のジンクス」の死語化に拍車をかけている。宮城でいえば今季序盤、球数がかさむ場面があった。それに対して中嶋聡監督は「昨季よりボールになる球が多い。力が抜けた方がいい」と分析した上で「まだ3年目。いろいろ通る道はある」と話し、13勝を挙げた昨季だけでなく、トータルで宮城の成長を見守る考えを強調した。

高卒2年目の19年に36本塁打を放って新人王になった村上宗隆(ヤクルト)は今季、三冠王を狙うほどの打者になった。この順調すぎる成長カーブはいわば例外なのだ。木田は3年目までに計38勝。平均して3年連続13勝なら主戦級の数字ともいえ、ファンから「ジンクスの代表例」として真っ先に名前が挙がるのは気の毒な気もする。

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