武内涼さん「作家としての喜び」 新聞小説「厳島 ITSUKUSHIMA」連載を終えて 

自身初の新聞連載小説について「終わらせることにさみしさも感じた」と話した作家の武内涼さん(鴨志田拓海撮影)
自身初の新聞連載小説について「終わらせることにさみしさも感じた」と話した作家の武内涼さん(鴨志田拓海撮影)

1月から産経新聞に連載された武内涼さん(44)の歴史小説「厳島 ITSUKUSHIMA」が7月16日の紙面で完結した。西の戦国大名の雄となる安芸(あき)の毛利元就(もうりもとなり)が知略を駆使し、陶晴賢(すえはるかた)の大軍を破った天文24(1555)年の厳島(いつくしま)の戦いを題材にした物語。自身初の新聞連載を終えた武内さんに執筆の日々を振り返ってもらった。

「半年間、この小説にお付き合いいただいた読者の皆さまに深く感謝しています。いろいろな発見があり、作家としての喜びを感じる毎日でした」と武内さん。

厳島の戦いは戦国時代の三大奇襲戦の一つにも数えられる。圧倒的な兵力差を覆して勝利を収め、中国地方制覇の土台を固めていく老練な元就。その謀計を鋭く見抜きながらも義を貫いて敗れていった陶方の家臣・弘中隆兼(ひろなかたかかね)。小説は対照的な武将2人の生き方をつづった。死を覚悟して決戦に臨み、壮絶な最期を迎えた隆兼が妻に宛てた手紙も紹介しながら、胸に迫るドラマが織りなされた。

物語の大枠は「陰徳太平記」などの軍記物に基づく。ただ、史料に書かれていないことも多い。〈我ら武士には越えてはならぬ一線、この乱世から守らねばならぬ大切なものがあろう……?〉。元就の冷酷極まる謀略に対する隆兼のそんな強い憤りをはじめ、人物の印象的な独白や会話は武内さんの想像から生まれた。「人間関係を見つめて想像を膨らませるうちに、主役も脇役も肉付けされていった。人物の内面が深まり、自然と語り、動き出してくれた」

新型コロナウイルス禍の中での連載開始からほどなく、ロシアによるウクライナ侵攻が起きた。

「この戦争は強く非難します。一方で、ロシアの人々を一括りにして『悪』とみなすような言説はとても危うい。だから戦国の合戦を描く中で、毛利勢と陶勢のどちらかが絶対の悪、という書き方はしたくなかった。世界情勢と無縁でいられなかったのは連載ならではかもしれない」

元就と隆兼。置かれた立場の異なる2人の主役の内面を追いながら改めて感じたこともある。

「知略にたけていた元就は『いかなる手段を使っても勝つ』という確固たる信念を持っていたし、一方の隆兼は信頼や義を重んじる人間味豊かな人物。考えていることが逆だったから2人は対決せざるを得ない運命だった。ただ、互いに譲れない信念を持っていたから2人の名前は今も伝わっている。すさんでいて生きづらい危機の時代こそ、リーダーには信念が求められるのだと感じました」

執筆の際は6畳の和室に小さなテーブルを置き、座布団に正座してノートパソコンに向かう。「テーブルの周りは、必要な史料の山がいくつもできていてカオスです」と笑う。連載中、室町時代の京に生きた忍者の物語『阿修羅草紙』で大藪春彦賞を受けた。いまも『謀聖 尼子経久伝』(講談社文庫)シリーズの執筆などで忙しい毎日を送る。

「先人の成功と失敗の膨大な集積といえる歴史には、私たちの心と暮らしを豊かにするヒントが転がっている。これからも歴史をフィールドに、さまざまな人間ドラマを紹介したい」

連載終了を受け、「毎日楽しみに拝読させていただきました。とても興味深い小説です」(女性)など読者の皆さまから多くの反響をいただきました。ご愛読ありがとうございました。単行本は来年、新潮社から刊行予定です。

たけうち・りょう 昭和53年、群馬県生まれ。早稲田大卒業後、映画やテレビ番組の制作に携わる。平成23年に『忍びの森』でデビュー。27年に『妖草師』シリーズで徳間文庫大賞、令和4年に『阿修羅草紙』で大藪春彦賞を受賞。

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