広島の原爆を生き抜いた人々を記録したドキュメンタリー映画「for you 人のために」の完成披露試写会が7月中旬、広島市内で開かれた。作品では被爆者の顔をまざまざと大写しにしているのが印象的だ。松本和巳監督(57)は「一人一人の細かい表情にこだわった」という。原爆投下から77年。被爆者から直接話を聞ける残り時間は少ない。表情から見えてくる彼らの生き方から、松本監督は「戦争って何だろう。平和って何だろう。そう意識してもらえれば」と話す。
人のために生きた被爆者
作品は、自ら被爆しながらも「人のために生きた人たち」をクローズアップ。平成28年に広島を訪問したオバマ元米大統領と抱擁を交わした被爆者の森重昭さん(85)をはじめ、被爆者7人へのインタビューを中心に展開される。
8歳で被爆した森さんは広島で被爆死した米兵捕虜について、40年以上調査を続け、12人の米兵捕虜の被爆死を突き止め、遺族も捜し出した。公式には知らされておらず、米兵の最期を知りたがった遺族に、森さんは被爆死を伝えてきた。
映画で、森さんは「僕が最後のとどめを刺した」と複雑な心境を吐露。冒頭では、森さんと妻の佳代子さん(80)が、原爆投下の目標地点だった場所で、一人の米兵が後ろ手に縛られて命を落とした相生橋などを静かにたどっていく。
作品では、原爆投下からの約10年間、被爆者らが差別や後遺症に苦しんだ時代に、佳代子さんの父で、原爆医療法改正に尽力した増村明一さんや、自ら被爆しながらも被爆者救護活動に尽力した外国人神父らにも触れる。外国人神父は被爆直後、市民に寄り添い続けたという。
「生きざま」を残す
「原爆を乗り越え、努力の積み重ねで今がある。彼らの生きざまを残したかった」と松本監督。制作にあたっては、広島と長崎の約30人の被爆者を取材。約2年かけて制作された。
「話す人々の感情を一番伝えやすい」と、オーラルヒストリー(口述記録)という手法にこだわり、被爆者らの記憶と証言に重きを置き、制作側の説明や解説はできるだけ省いた。
映画では、被爆者らの顔をくどいほどに大写しし続けるのも印象的だ。顔から浮かび上がる細かな表情。「表情の変化から伝わってくる被爆者たちの感情を後世に伝えていきたい」と、被爆者らの深いしわやまなざしから生きてきた時間をみつめていく。
原爆投下から77年。被爆者から直接話を聞ける残り時間は少ない。松本監督は「ウクライナ侵攻など、世界が不安定な状況にある今だからこそ、被爆者の声を映像で残す必要がある」といい、「作品をつくってゴールではなく、逆にスタートにしないといけない」と話す。
広島市の原爆資料館で開かれた完成披露試写会では、猛暑の中でも約100人が訪れた。出演した被爆者らも駆けつけ、感極まって涙する場面も。
出演者の一人で、被爆者の福田末子さん(82)は「当時を思い出していた」と声を詰まらせた。森さんは「私は(捕虜が捕らえられていた)中国憲兵隊司令部の隣の学校に通っていた人間。(米兵の被爆死は)どんなことがあっても遺族に知らせたかった」と振り返り、「映画を見て、戦争をやめてという気持ちを強くもってほしい」と涙ぐみながら語った。
作品の上映時間は75分。8月5日から全国順次公開予定。(嶋田知加子)