著者は数多くの麻雀小説を書いた阿佐田哲也さんの大ファンで、題名も『麻雀放浪記』にちなんだものらしい。このギャンブル小説集でまずオススメしたいのは「雨あがりの七対子(チートイツ)」。題名がいい。
主人公は作家の黒田ヒロユキ。編集者の提案で最初はソウルでルーレットやブラックジャックの体験取材。負けっぷりが評判となり、短編「ほんびき落とし」が受け、カジノ取材の流れで麻雀のお誘いがかかった。
場所は黒田が学生時代から出入りしていた顔なじみの雀荘(じゃんそう)。甘い相手とみて誘いに乗った三人打ちだが、相手二人はコンビ麻雀の玄人だった。罠にはまった黒田を救ったのは旧知の雀荘店主が放った機転のひと言。辛うじて七対子であがり、危機を脱した。さらにひねりの効いたラストが印象的な一編だ。
「いたまえあなごすし」は欺こうと企んだら逆に欺かれる話。題名はコンビ麻雀の符牒で、数字の1から9を表す。黒田は符牒を逆手に取り、逆転を図った。他の短編でも麻雀シーンはどれも綿密に考えられて緊張感にあふれ、実にスリリングだ。著者も麻雀の譜がうまく作れたときは胸がスッとしたそうだ。
この小説集のもう一つの面白さは登場人物の軽妙な会話。特に黒田と妻、雅子のそれはかけあいの夫婦漫才みたいで笑える。読後は猛烈に麻雀がやりたくなり、一人四役で励んでいると妻から「何してるの?」と声が…。
「見たらわかるやろ、麻雀やがな」
「あれは四人でやるのと違うの?」
「今日はワケあって一人や」
「ご苦労さんやなあ。一人で机の周りをぐるぐる回って。せいぜい頑張りや」
会話まで黒田夫妻そっくりになった。
大阪府東大阪市 宮下壽(64)
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