「僕は五輪を知っている」「報われない努力かも」…引退の羽生結弦、名言は

フィギュアスケートの羽生結弦が記者会見がプロ転向を表明。フォトセッションでは「安倍晴明ポーズ」を決めた=東京・赤坂(撮影・尾崎修二)
フィギュアスケートの羽生結弦が記者会見がプロ転向を表明。フォトセッションでは「安倍晴明ポーズ」を決めた=東京・赤坂(撮影・尾崎修二)

競技生活からの引退を表明したフィギュアスケート男子の羽生結弦が注目を集めた理由は、その実績や演技力にとどまらない。度重なるけがやアクシデントと向き合う中で紡ぎ出された数々の言葉もまた、羽生という存在を彩った。

地元・仙台のリンクで東日本大震災に遭遇した羽生。それから約3年、初の金メダルに輝いた2014年ソチ冬季五輪では、硬い表情を崩さず「震災について語るのは難しい。僕に何ができたのか考えてしまうから」と語った。

印象に残るのは18年平昌冬季五輪だ。ソチの栄冠から一転、右足首靱帯(じんたい)損傷などのけがに苦しむ4年間だったが、66年ぶりとなるフィギュアスケート男子の連覇を達成し「僕は五輪を知っている」。絶対王者のプライドを見せつけた。

国民栄誉賞を受賞したのは同年7月だった。「(震災の被災者を)直接的に何か手助けできる立場ではないが、少しでも希望を抱けるきっかけや、皆さまの心が一つになる存在になりたい」と決意を新たにした。

今年2月の北京冬季五輪は、3連覇と前人未到のクワッドアクセル(4回転半ジャンプ、4A)への挑戦の舞台となった。フリーでは転倒した上に回転不足と判定されたものの、国際スケート連盟(ISU)公認大会で初めて4Aに挑戦したと認定された。結果は4位だった。「報われない努力だったかもしれないけど」「でも一生懸命頑張った」。インタビューで胸中を明かした羽生。その歩みを体現したようなフレーズが、多くの人の共感を呼んだ。

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