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元横綱2代目若乃花が死去 69歳、優勝4度

1982年5月、土俵入りを披露する横綱若乃花=蔵前国技館
1982年5月、土俵入りを披露する横綱若乃花=蔵前国技館

大相撲の第56代横綱2代目若乃花の下山勝則(しもやま・かつのり)さんが16日午後6時47分、肺がんのため死去した。日本相撲協会が18日に発表した。69歳だった。青森県出身。近年は大阪市内で生活し、同市の病院で亡くなった。葬儀・告別式は家族葬で営まれる。現役時代は優勝4度で、引退後は間垣部屋を興した。横綱照ノ富士の入門当時の師匠だった。

稽古を見つめる間垣親方(元横綱2代目若乃花) =2010年5月5日、東京・墨田区の間垣部屋
稽古を見つめる間垣親方(元横綱2代目若乃花) =2010年5月5日、東京・墨田区の間垣部屋

後に横綱となる隆の里(故人)と同じ夜行列車で青森から上京。元横綱初代若乃花が師匠の二子山部屋に入門し、1968年名古屋場所で初土俵を踏んだ。柔らかい体で、切れ味鋭い右上手投げを得意とし、甘いマスクで絶大な人気を博した。

78年夏場所後の横綱昇進と同時に、しこ名を若三杉から師匠の若乃花に改名。同時代に横綱だった北の湖や輪島らと熱戦を繰り広げたが、昇進後はけがや病気に悩まされた。29歳の83年初場所限りで引退した。

1979年(昭和54年)5月20日、大相撲夏場所 3度目の優勝を飾り優勝パレードをする若乃花(右)。左は貴ノ花 =蔵前国技館前
1979年(昭和54年)5月20日、大相撲夏場所 3度目の優勝を飾り優勝パレードをする若乃花(右)。左は貴ノ花 =蔵前国技館前
1979年5月、大相撲夏場所で優勝し、オープンカーからファンの声援に応える横綱若乃花。左は大関貴乃花 =東京都台東区
1979年5月、大相撲夏場所で優勝し、オープンカーからファンの声援に応える横綱若乃花。左は大関貴乃花 =東京都台東区
1979年9月、二代目・若乃花の土俵入り
1979年9月、二代目・若乃花の土俵入り
1981年2月、大相撲トーナメント優勝杯を受ける若乃花
1981年2月、大相撲トーナメント優勝杯を受ける若乃花


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