ビブリオエッセー

花のいのちを活ける少年僧 「嵯峨野花譜(かふ)」葉室麟(文春文庫)

ベランダの植木鉢で野菜や花を育てている。はちきれそうなミニトマトを収穫した日もあれば、血管が地を這(は)うように茎の伸びたスミレが、滝状にこぼれている日もある。生命力ゆえの雑然さを日々、目にする。

書店で花鋏(はなばさみ)を持つ僧侶を描いたこの本の装丁に新鮮味を覚え、手に取った。舞台は江戸時代後期の京都。嵯峨野・大覚寺の花務職となった華道未生流の二世、広甫(こうほ)のもとで活花の修行に励む少年僧、胤舜(いんしゅん)を主人公にした小説だ。

ミステリーのように胤舜の意外な出自や生い立ちが次第に明らかになっていく。例えば「利休の椿」の章。大店の呉服商に嫁がされた若い妻が非業の死を遂げた弟の一周忌に花を活けて欲しいと胤舜に依頼する。やがてその理由が明かされ、やるせない結末へと向かう。涙が止まらなかった。たとえ豊かな生活でも愛情がなければ孤独は深まっていく。いつの時代にも生きづらさはある。自分の思いに重ねて読んだ。

衝撃的だったのは「花筐(はながたみ)」の章だ。「間もなく亡くなられる女人のため花を活けて欲しい」という頼みだったがこの八十歳の奥方は胤舜の活花を鋏で切り刻む、何度も何度も。「花を切っているのは、わたくしもあなたも同じことですよ。それとも、あなたに美しく見えた花は悲鳴をあげないとお思いですか」。奥方の言葉には苦に満ちたこの世を生きることの深い意味があった。「ひとは無惨に散らされるばかりかもしれぬ。しかし、それにたじろがず、迷わず生き抜くことにひとの花があるのです」

胤舜に付き従い、彼を敬う寺男、源助の存在が『陰陽師』の博雅を思わせ、心強い。随所にある活花の描写に魅了され、スミレを一輪、器に挿してみた。花は野にあるように、という言葉を思い、一輪の力強さに驚いた。

東京都渋谷区 エリザベス(30)

投稿はペンネーム可。650字程度で住所、氏名、年齢と電話番号を明記し、〒556―8661 産経新聞「ビブリオエッセー」事務局まで。メールはbiblio@sankei.co.jp。題材となる本は流通している書籍に限り、絵本、漫画も含みます。採用の方のみ連絡、原稿は返却しません。二重投稿はお断りします。


会員限定記事会員サービス詳細