「大崎事件」再審の扉 4回目拒んだのは最高裁への忖度か

鹿児島県大崎町で昭和54年10月、男性=当時(42)=の遺体が見つかった「大崎事件」の第4次再審請求審を巡り鹿児島地裁は6月22日、弁護団が提出した新証拠に有罪を覆す証明力がないと判断し、「再審の扉」を閉ざした。ただ、過去の再審請求審で裁判所は3度、親族4人の犯行と断定した確定判決に疑義を唱え、裁判のやり直しを認める決定を出した。裁判官が変わるたび司法の評価が揺れている。

乏しい証拠

事件は昭和54年10月12日に発生した。泥酔し、帰宅したまま動けずにいた男性をタオルで絞殺、自宅隣にある牛小屋に遺体を遺棄したとして、男性から見て兄の妻に当たる原口アヤ子さん(95)ら親族4人が殺人罪などで逮捕された。動機は日頃の生活態度への不満とされた。

有罪立証の柱は、①原口さんから見て当時の夫、義弟、おいの「自白」②「死因は窒息死」という解剖医の鑑定③義妹の目撃証言④自転車で溝に落ちる単独事故を起こし約2時間半、道路上に倒れていた男性を、軽トラックで自宅に運んだ近隣住民2人による「自宅到着時には生きていた」との証言-の4点で、直接証拠は乏しかった。

捜査は鹿児島県警志布志署を中心に行われた。原口さんは現在に至るまで一貫して犯行を否認。その一方でほかの3人は犯行を自白し、裁判で実刑が確定したが、詳細な供述内容は終始安定しなかった。3人には知的障害があり、後にいずれも、「捜査員に作り話をさせられた」と犯行を否定し、義弟とおいは服役後に自ら命を絶った。

再審請求審で弁護団は、「殺人」は存在せず、死因は自転車で溝に落ちたことによる「事故死」と主張。1次請求審では、男性の遺体を調べた解剖医が「首の傷は絞殺によるものとはいえない」と自らの鑑定内容を翻し、4人を有罪とした証拠に対する評価が揺らぎ始めた。

事故死の疑い認めるも…

今回の4次請求で弁護団は、司法解剖時の写真を基に第三者の救急医が、死因を調べ直した鑑定書などを新証拠として提出した。

自転車事故で頸髄(けいずい)が損傷した上に小腸からも出血があったとし、死亡時刻は自宅に搬送された午後9時前後で、確定判決が認定した同11時の殺害は「あり得ない」と主張。牛小屋に遺体を遺棄したのは、死亡に慌てた近隣住民だったと訴えた。

男性を軽トラックで搬送した近隣住民は、自宅到着時に「生きていた」「自分で歩いて家に入った」と説明しており、救急医の鑑定が正しければ、こうした証言の信用性は崩れる。

6月22日の地裁決定は、自転車事故が原因で「呼吸が停止した可能性は否定できない」とした上で、救急医の鑑定に近隣住民の証言を上回る証明力があるかどうかを検討。証言には変遷や食い違いがあるものの、「(近隣住民が)死亡を隠蔽し、そろって虚偽の供述をしている可能性は想定しがたい」という判断が導き出された。

親族3人の自白自体の信用性は再検討されず、鑑定書について「無罪を言い渡すべき明らかな証拠には当たらない」と結論づけた。

裁判官も決意が必要

再審事件を巡り昭和50年に最高裁は「白鳥決定」と呼ばれる判断を示した。

それによると、「疑わしきは被告人の利益に」という刑事裁判の鉄則は再審請求審にも適用され、新旧の証拠を総合的に評価して、「確定判決の事実認定に疑いが生じれば再審開始を認めるべき」とされた。

ただ、確定した判決を覆すとなれば裁判官にも決意が必要だ。地裁と高裁で再審が認められた3次請求では、裁判官の人事権をも司る最高裁にまでもつれこんだ末に、「(再審開始決定を)取り消さなければ正義に反する」とされた。

今回の地裁決定は、こうした3次請求時の最高裁の判断を基本的に踏襲しており、鹿児島市内で記者会見した弁護団の鴨志田祐美事務局長は、「事故死の可能性を認めたのに再審を開始しなかったのは、刑事裁判の鉄則を忘れた決定だ。地裁が最高裁に逆らえなかった」と非難。6月27日に福岡高裁宮崎支部に即時抗告し、審理が続いている。(西山瑞穂)

大崎事件

鹿児島県大崎町で昭和54年10月15日、農業、中村邦夫さん=当時(42)=が自宅隣の牛小屋から遺体で見つかった。殺人・死体遺棄事件として、主犯とされた原口さんは懲役10年の判決が確定。ほか親族3人も実刑となり、4人全員が服役した。原口さんは平成2年に満期出所し、7年に初めて再審請求。1次請求で鹿児島地裁が、3次請求で鹿児島地裁と福岡高裁宮崎支部が裁判のやり直しを決定したが、いずれも上級審が覆した。

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