正論8月号

チャイナ監視台 今年の北戴河はいつもと違う 産経新聞台北支局長 矢板明夫

街中に設置された共産党のスローガン。習近平氏の名前は“省略”されている=中国河北省・北戴河(西見由章撮影)
街中に設置された共産党のスローガン。習近平氏の名前は“省略”されている=中国河北省・北戴河(西見由章撮影)

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毎年、七月下旬から八月上旬にかけて、中国のメディアから中国首脳の動静が一斉に消えます。この間に河北省の海沿いの避暑地・北戴河で会議が開かれているのです。中国共産党の首脳が北戴河に集まって夏休みをとっている、という建前ですが、実際は誰一人として休んでおらず、中国の政治上でもっとも重要な真剣勝負が繰り広げられているのです。

なぜ毎年、こんなことが行われているのか。もとはといえば建国の父・毛沢東個人が北戴河で夏休みを過ごしていました。毛沢東は海や川で泳ぐのが大好きで、夏になると一カ月以上も北戴河に滞在して泳ぎを楽しんでいたのです。

しかし当時は毛沢東独裁の時代でしたから、彼がいないと残りの政権幹部だけでは何も決められません。そこで仕方なく、周恩来や劉少奇、鄧小平といった幹部たちも北戴河に行くことになったのです。昼間は毛沢東が泳いでいるので、周恩来らは予算をどうするかといった懸案について協議している。そして夕方、毛沢東が帰ってきたら「こんな方針でよろしいでしょうか」と報告し、毛沢東の了承を得て、初めて政治が動く。こうしたことが毎年続きました。

そうこうするうちに政権幹部は皆、北戴河に別荘を持つようになります。そして夏になると政権幹部は皆、北戴河に仕事場を移すようになり、昼間にもろもろの協議をして夜に毛沢東の決裁をもらうようになる。それが北戴河会議と呼ばれるようになったのです。

消されたのに復活

一九七六年に毛沢東が亡くなって、七八年には鄧小平が中国の実権を握ります。若いころ毛沢東に付き合わされたためか、鄧小平も泳ぐのが大好きでした。それで夏になると、いそいそと北戴河に行ってしまう。政権幹部たちも渋々行くことになり、北戴河会議は相変わらず続けられました。

鄧小平は権力を握りながらも、肩書上は最高でも国務院副首相にしかなっていません。それでも共産党総書記や首相などは自分の手下でした。そうしたいびつな権力関係もあって、北戴河会議は次第に「長老政治」の場になっていきます。現役の政権幹部よりも裏の実力者の意向がモノを言う状況になっていったのです。

一九九七年に鄧小平が亡くなった後、実権を握ったのは国家主席だった江沢民です。彼は特に泳ぎが好きというわけではありませんでしたが、それまでの流れで北戴河会議は続けられました。北戴河では普段、出番のない長老たちが現役幹部に向かって意見が言えます。北戴河会議は長老たちのガス抜きの場だったといえます。そして江沢民が引退すると、今度は自分も長老になって、現役幹部に意見を言うようになりました。

次の胡錦濤国家主席は「こんなくだらない行事をやるのは近代国家とは言えない。北戴河会議を廃止する」と通達を出しました。しかし当然ながら、長老たちは猛反発します。別荘を持っている長老たちは、七月中旬ころから北戴河に集まって会合を開き始めます。そうなると、現役幹部がいないと長老たちに何をされるかわからない。結局、現役幹部も行かないとマズイ、ということで廃止されたはずの北戴河会議は復活して、今も続いているというわけです。

中国で「会議」というと、人民大会堂のようなところに何千人もが集まる会議が思い浮かぶかもしれませんが、あれは形式的なものに過ぎません。政策や人事や予算などは基本的に、ごく少人数の集まりで決められるのです。その代表的なものが北戴河会議だといえるでしょう。

北戴河会議といっても実際は、ひたすら何人かが集まって食事をするだけなのです。Aさん、Bさん、Cさんの派閥があったとして毎晩、A派の人たちは持ち回りでA派の誰かの別荘に集まって食事をするわけです。そのA派の食事会には、B派とC派からも一人ずつの使者が参加している。そしてA派の中で話がまとまると、B派とC派から来た使者に「これがオレたちの考えだ。ちゃんと戻って伝えておけ」と言う。使者は自派にA派の考えを持ち帰って、また翌日に食事をしながら話し合う。これの繰り返しで、だんだん意見が集約されていくわけです。それで最後、おおよそ話がまとまった段階で、ABCの派閥トップが集まってお茶をして「まあこういうことでいこう」となる。きわめてヤクザ的な過程でものごとが決まるのが北戴河会議です。

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「正論」8月号 主な内容特集

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【特集 国防力強化策】

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