勘三郎の夢が詰まった「平成中村座」4年ぶり浅草で再開 宮藤官九郎の新作歌舞伎を上演

「平成中村座」公演の記者会見に臨んだ(左から)中村勘九郎、七之助=6月22日、東京・浅草寺(水沼啓子撮影)
「平成中村座」公演の記者会見に臨んだ(左から)中村勘九郎、七之助=6月22日、東京・浅草寺(水沼啓子撮影)

江戸時代の芝居見物を体感できる「平成中村座」が4年ぶりに東京・浅草に戻ってくる-。今回は「猿若町発祥180年記念」と銘打ち、宮藤官九郎の脚本・演出による新作歌舞伎「唐茄子屋(とうなすや)~不思議国之若旦那~」が10、11月に浅草寺境内に建設される仮設の芝居小屋で上演される。出演する中村勘九郎と中村七之助が6月下旬、浅草寺で製作発表会見を開いた。

平成中村座誕生のきっかけは、平成24年に57歳で死去した十八代目中村勘三郎が19歳のとき(当時は勘九郎)、劇作家で俳優の唐(から)十郎率いる状況劇場のテント芝居を見たことだ。勘三郎はそのときの様子を、インタビューでこう振り返っている。

「みんなと一緒に地べたに座って見てたんですよ。コンクリートの花道だったかなあ。かけ声が飛んでね。すごい熱気だった。もともと歌舞伎ってそういうものだったじゃないですか。だから、いつかこんなの、歌舞伎でやりたいって、ずっと思ってたんですよ」(12年10月20日付産経新聞夕刊)

勘三郎はその夢を持ち続け、45歳のときにようやくかなえた。12年11月、東京・浅草の隅田公園に仮設の芝居小屋「平成中村座」(観客席785席)を開場させた。花道のスッポン(小型のセリ)など歌舞伎に必要な舞台機構はそろっており、宙乗りも可能だ。このときに上演したのは「法界坊(ほうかいぼう)」。正式な題名は「隅田川続俤(すみだがわごにちのおもかげ)」で、ご当地ものだ。

平成12年11月の「平成中村座」初回公演で、隅田川沿いの隅田公園に設置された芝居小屋=東京都台東区(松竹提供)
平成12年11月の「平成中村座」初回公演で、隅田川沿いの隅田公園に設置された芝居小屋=東京都台東区(松竹提供)

その後も平成中村座の公演はほぼ毎年、浅草のほか名古屋、大阪といった国内のみならず、米ニューヨークや独ベルリンなど海外でも実施されてきた。

しかしコロナ禍で長らく中断。今回は令和元年の北九州・小倉城公演以来、3年ぶりとなる。勘九郎は「コロナという未知のウイルスと闘う日々の中、何を希望にしていたかというと、この平成中村座を早くやりたいということだった」と再開を喜んだ。

平成中村座で新作歌舞伎が上演されるのは、今回が初めて。「唐茄子屋-」は宮藤が大好きという古典落語「唐茄子屋政談」をベースに、「不思議の国のアリス」の要素もちりばめた人情喜劇という。

勘九郎は「今から古典になる予感がしている。稽古を重ねて、お客さまに楽しんでいただけるように一生懸命つくっていきたい」と意気込む。

宮藤が初めて映画監督を務めた作品に、二十代前半のときに出演して以来の付き合いという七之助は、「最近の宮藤さんの脚本には神がかり的な面白さがあると感じているので、すごく楽しみ」と期待を寄せた。

今年は、勘三郎が死去してから10年になる。勘九郎は父親そして平成中村座への並々ならぬ思いを語った。「父の夢が詰まった小屋で、私たちも大好きな小屋。古典から新作までできる空間を作ってくれた父に感謝をしながら、やらなければいけない」

七之助は「平成中村座を早く復活してほしい」という声が多数寄せられたとした上で、「父はその背中で、私たちに一生懸命というものを見せてくれた。私たちもそれにがむしゃらについていった結果がお客さまの声につながったと思う」と感慨を新たにした。

公演は複数の作品を上演する見取り狂言スタイルで実施され、「唐茄子屋-」以外に、若手らが演じる演目などが予定されている。(水沼啓子)

猿若町 江戸末期、現在の東京・浅草にあった芝居町。天保の改革により江戸市中にあった芝居小屋がこの地に移転。幕府公認の中村座や市村座など江戸三座があった。町名は江戸歌舞伎の開祖といわれる猿若勘三郎(初代中村勘三郎)の名にちなむ。

会員限定記事会員サービス詳細