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大阪ウェイバック in 1922

(4)一文無しから起業 グリコ・江崎利一と松下幸之助の邂逅

空襲で全焼した東京工場再建時の釜入れ式に臨む当時68歳の利一=昭和26年(江崎グリコ提供)
空襲で全焼した東京工場再建時の釜入れ式に臨む当時68歳の利一=昭和26年(江崎グリコ提供)

大正11(1922)年2月11日、のちに国民的なお菓子に成長するキャラメルが発売された。両手を高々と上げてゴールインする男性のイラスト、「一粒三百メートル」のキャッチコピー…。そう「グリコ」だ。江崎グリコ創業者、江崎利一が飛躍を目指して故郷の佐賀県から大阪に進出し、苦心の末に生み出した商品だ。商都として多くの人、モノ、カネを引き寄せた大阪。利一をはじめ多くの起業家が集い、ベンチャー精神を開花させた。

大正8年3月、薬種業を営んでいた利一は行商の道すがら、有明海近くでカキをゆでる漁師を見て、かつて読んだ新聞記事を思い出す。「グリコーゲンはカキに多く含まれている」

漁師にカキの煮汁をもらって九州帝国大学付属医院で分析し、グリコーゲンやカルシウム、銅分の栄養素に富むことを突き止めた。煮汁から抽出したグリコーゲンを混ぜ、キャラメルに仕上げたのが「グリコ」だ。

父の後を継ぎ、2代目として一家を支えていた利一。グリコーゲンは薬として売り出そうとしたが、九州帝大の学者から「予防こそ治療に勝る」と言われ、「育ち盛りの子供が喜ぶ菓子に入れ、嗜好品(しこうひん)として売る」と思いつく。

独学で研究を重ねてグリコーゲンの抽出に成功、製品化にこぎつけた。ただ、試験販売では無名の商品を置いてくれる店は少なかった。そこで考えついたのが百貨店での販売。大阪の三越に十数回足を運び、粘り強い交渉で販売にこぎつける。「権威ある百貨店で売れば、山頂から石を転がすように取引が増える」との発想だった。

当時、最大のライバルは森永製菓「森永ミルクキャラメル」。黄色のパッケージの森永に対し、信号や日の丸と同じ目立つ赤箱に。栄養菓子という新しい商品であることを印象付けようと、駆けっこする子供から着想した「ゴールインマーク」を箱に印刷し「一粒三百米突(メートル)」との宣伝コピーも付けた。

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