海底のレクイエム

「山霧丸」に眠る三式弾

「山霧丸」(やまぎりまる)は1938(昭和13)年に三菱横浜造船所で竣工した貨物船で、海軍の特設運送船となった。開戦後は各地への輸送任務に従事したが、トラック・ラバウル間の輸送中に潜水艦の雷撃によって損傷後、1944(昭和19)年2月17日に米空母「バンカーヒル」艦載機の攻撃によって沈没した。

「三式弾(さんしきだん)」とは、日本海軍の戦艦や巡洋艦用に開発した対空射撃用の砲弾で、発射後は砲弾内の焼夷弾が航空機編隊で炸裂、敵航空機を数千度の高温で炎上させる。


三式弾尾部のアップ。付着生物と錆に覆われており、「山霧丸」の後部船倉に搭載されていたようだ(戸村裕行撮影、2011年12月)
三式弾尾部のアップ。付着生物と錆に覆われており、「山霧丸」の後部船倉に搭載されていたようだ(戸村裕行撮影、2011年12月)

ミクロネシア連邦・チューク州。かつてトラック諸島と呼ばれていたこの島々の一つフェファン島(旧名:秋島)の北、約700メートル、水深約35メートルの海底にこの「山霧丸」は眠っている。

「山霧丸」の船倉には戦艦主砲用の三式弾が複数積載されており、これを見たいとわざわざリクエストをして、この船を潜るダイバーも多い。

船自体は横倒しになって沈んでいるが、水深もそれほど深くないので、ある程度のダイビングのスキルがあれば、沈船ダイビング初心者でも船内探索としてエンジンルームなどに入って見ることができる船の一つである。

横転した「山霧丸」の船体中央部。カメラは右舷船尾から艦首方向を撮影しており、写真左側が船体上部となる(戸村裕行撮影、2014年12月)
横転した「山霧丸」の船体中央部。カメラは右舷船尾から艦首方向を撮影しており、写真左側が船体上部となる(戸村裕行撮影、2014年12月)
「山霧丸」の船体内から舷側の破口越しに船外をのぞんだ一枚。ダイバーとの比較で船底の破口の大きさがよく分かる(戸村裕行撮影、2013年10月)
「山霧丸」の船体内から舷側の破口越しに船外をのぞんだ一枚。ダイバーとの比較で船底の破口の大きさがよく分かる(戸村裕行撮影、2013年10月)
海藻に覆われた「山霧丸」の甲板。写真右側が甲板で、こうして見ると左舷を下に、ほぼ真横で海底に横たわっていることが理解できるだろう(戸村裕行撮影、2014年12月)
海藻に覆われた「山霧丸」の甲板。写真右側が甲板で、こうして見ると左舷を下に、ほぼ真横で海底に横たわっていることが理解できるだろう(戸村裕行撮影、2014年12月)
「山霧丸」機関室内の撮影。アップのために判然としないが、ディーゼルエンジンか、補機の頂部付近を撮影したものかもしれない(戸村裕行撮影、2013年10月)
「山霧丸」機関室内の撮影。アップのために判然としないが、ディーゼルエンジンか、補機の頂部付近を撮影したものかもしれない(戸村裕行撮影、2013年10月)

(取材協力 ダイビングサービス「トレジャーズ」)

水中写真家・戸村裕行

1982年、埼玉県生まれ。海底に眠る過去の大戦に起因する艦船や航空機などの撮影をライフワークとし、ミリタリー総合誌月刊『丸』にて連載を担当。それらを題材にした写真展「群青の追憶」を靖國神社遊就館を筆頭に日本各地で開催。主な著書に『蒼海の碑銘』。講演、執筆多数。

雑誌「丸」
昭和23年創刊、平成30年に70周年迎えた日本の代表的軍事雑誌。旧陸海軍の軍 艦、軍用機から各国の最新軍事情報、自衛隊、各種兵器のメカニズムなど幅広 い話題を扱う。発行元の潮書房光人新社は29年から産経新聞グループとなった 。毎月25日発売。

太平洋に眠る旧海軍の大型飛行艇

「山霧丸」に眠る三式弾

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