鑑賞眼

川井郁子、20周年コンサート、多才ぶりで圧倒

20周年コンサートを開いたバイオリン奏者、川井郁子=東京都渋谷区(提供/撮影・田中聖太郎)
20周年コンサートを開いたバイオリン奏者、川井郁子=東京都渋谷区(提供/撮影・田中聖太郎)

バイオリン奏者の川井郁子がデビュー20周年を記念したコンサートを6月23日、東京都渋谷区のBunkamuraオーチャードホールで開いた。新型コロナウイルス禍で開催が伸びていたもの。

コンサートには「越境するヴァイオリンミューズ」という副題をつけた。まさにジャンルを超えてバイオリンを奏でてきたこの女性にふさわしい。

この夜も「響(ひびき)」と名付けた38人編成のオーケストラに笛、尺八、和太鼓など9人の和楽器奏者、さらにボーカリスト1人を加えて、分野にとらわれない、独自のあでやかな音楽世界を展開した。

デビューは平成12年。テレビの音楽番組にもしばしば出演。女優の経験もある。美貌のバイオリン奏者。だが、もちろん美貌だけのバイオリン奏者ではないことを、改めて見せつけただ。

3部構成のステージ。圧倒されたのは、和楽器を加えた第3部だろう。

川井は、白むくの上に鮮やかな青い振り袖を羽織って登場。笙(しょう)の音色に誘われてバイオリンを奏で始める。

その旋律は、チャイコフスキーの有名な「白鳥の湖」。だが、川井が編曲し「ホワイトレジェンド~白鳥の湖より」という題名を与えた。フィギュアスケートの羽生結弦(はにゅう・ゆづる)も、この曲を演技で使用した。川井は、「おかげで、この上ない越境を果たし、大きく羽ばたきました」と説明した。

20周年コンサートを開いたバイオリン奏者、川井郁子=東京都渋谷区(提供/撮影・田中聖太郎)
20周年コンサートを開いたバイオリン奏者、川井郁子=東京都渋谷区(提供/撮影・田中聖太郎)

和洋の楽器が混然一体となって織りなすサウンドは独自。そして、スクリーンを使って、さまざまな和風の映像を投影する大掛かりな演出にも注目だ。

「展覧会の絵~日本の情景」では葛飾北斎の浮世絵がステージに大きく映し出され、ムソルグスキーの民族的な旋律に祭りばやしや宮城道雄の「春の海」を想起させる琴の音、力強い和太鼓の響きなどを交えて一大スペクタクルを展開した。

視覚でも音楽を楽しませる演劇的な舞台。川井は昨年末、「『月に抱かれた日・序章』~ガラシャとマリー・アントワネット」という、役者、歌手を招いた音楽舞台も披露していたが、この夜もその中から「哀しみのグラツィア」「インスティンクト・ラプソディー」「時の彼方(かなた)に」という3曲を取り上げた。

幻想的だ。太鼓がインドの打楽器タブラのように響き、弦楽器群はレッド・ツェッペリンのジミー・ペイジ好みの悪魔的なサウンドを奏でて観客を幻惑する。

ステージの中央には桜の巨木が映し出される。花が咲き、満開となり、やがてハラハラと散る。「散りどきを知ってこその花だ」という意味の辞世の句を詠んだ戦国時代の細川ガラシャの気高さを、音楽と映像とで表現した。

オーケストラに指揮者はいない。代わりに川井が指揮棒ではなくバイオリンの弓を振るなどして、オーケストラに指示を与える。つまり、川井はバイオリン奏者で、指揮者で、作曲家で、編曲者で、さらに舞台構成まで全身全霊を傾けて音楽を表現した。圧倒されたという言葉のほかに、この夜を表現する言葉を知らない。

20周年コンサートを開いたバイオリン奏者、川井郁子=東京都渋谷区(提供/撮影・田中聖太郎)
20周年コンサートを開いたバイオリン奏者、川井郁子=東京都渋谷区(提供/撮影・田中聖太郎)

1部は今年が没後30年のアストル・ピアソラの「リベルタンゴ」など、情熱的で官能的な楽曲を集め、媚薬のようなストラディバリウスの音色で観客を陶酔させた。

エディット・ピアフの「愛の讃歌(さんか)」で幕を開けた2部は、主に映画音楽を集めた。オーボエが、主旋律を牧歌的に奏でて始まったのは「男はつらいよ」。客席から笑いが漏れたが、オーケストラが一丸となっておなじみの導入部を高らかに奏でると、この曲がバイオリンにうってつけであることを示した。

川井は1部の金色のドレスから、2部では白とピンクの裾の長いドレスに着替え、「新しいドレスです。パリから取り寄せたかと思いきや、ウクライナで作られたものです。戦争が始まっても、こんな夢のようなドレスを作っている。『売れたよ』とお店の人がウクライナに連絡してくださるそうで、私もうれしいです」と説明した。

続けてウクライナのヒマワリ畑も出てくる映画「ひまわり」のテーマ曲を演奏した。

20周年コンサートでアンコールに応えるバイオリン奏者、川井郁子=東京都渋谷区(提供/撮影・田中聖太郎)
20周年コンサートでアンコールに応えるバイオリン奏者、川井郁子=東京都渋谷区(提供/撮影・田中聖太郎)

ウクライナ侵攻については3部でも言及。

「この時代にまだ戦争や紛争があります。つらいのはわが子を傷つけられたり、奪われたりする母親の姿を見ること。想像を絶する苦しみだと思います」

自身も娘を持つ母親。その娘が「そうした母親たちの心に寄り添って描いた」という抽象画の映像を映し出しながら「リボーン」という自作曲を披露した。

3部の最後はホルストの「ジュピター」。和太鼓など打楽器群がボレロのリズムを刻む編曲。聴く人に勇気を与える力強い演奏で、ステージを締めくくった。

アンコールを求める大きな拍手の中、ステージに戻ってきた川井は、「20周年を機に、次に向かって頑張りたいです」と語った。

コンサートの幕を「赤い月」「波の記憶」という2曲の自作曲で閉じることで、トータルな音楽家としての存在感を強く印象づけた。(石井健)

「川井郁子デビュー20周年シンフォニック コンサート ~越境するヴァイオリンミューズ~ with オーケストラ 響~ひびき~」6月23日、東京・Bunkamuraオーチャードホールで。2時間15分(20分の休憩時間を含む)。

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