くじら日記

鯨類の繁殖② 「永遠」にも感じる3分

生まれたばかりの子クジラ(右)と母親のコビレゴンドウ「ジータ」=4月、和歌山県太地町立くじらの博物館
生まれたばかりの子クジラ(右)と母親のコビレゴンドウ「ジータ」=4月、和歌山県太地町立くじらの博物館

令和4年、くじらの博物館で最初に誕生したのは、クジラショーでも活躍する雌のコビレゴンドウ「ジータ」の赤ちゃんでした。しかし、子クジラは、丸い頭とずんぐりした体形が特徴の母親のコビレゴンドウとは少し違いました。頭部は細長く、姿形は流線形をしています。どうやら、こうした特徴があるオキゴンドウとの間に宿った命のようです。

コビレゴンドウの繁殖は過去に数回試みましたが、いずれも不成功でした。数少ない知見と経験を頼りに、出産時の計画を練ります。通常、鯨類は母親の力だけで出産します。一方、飼育員は、出産場所に必要な明かりを照らしたり、事故防止のために物をどけたりし、異変に対応できるよう準備も行う母親のサポートが役目です。出産経験があるクジラをベビーシッター役としてつけることもありますが、ジータは気が強く、仲間同士のトラブルを心配してやめました。

最も悩んだのが、出産場所です。比較的体が大きいコビレゴンドウにとって、繁殖用生(い)け簀(す)(約150平方メートル)は狭く、正常な出産と子育てができないと考えたのです。そこで、隣接する自然プールの一部を区切った約2500平方メートルのショーエリアを出産場所に決めました。ジータが慣れた場所です。

ただ、自然プールは広すぎて観察やサポートが難しく、岩礁や浅瀬など対応しにくい危険な自然物に囲まれているため、不安もありました。

4月16日、体温低下や食欲不振など、出産兆候が顕著に表れました。観察を続けると、生殖孔から子クジラの尾びれの一部が出始め、いよいよ出産が始まりました。生け簀と自然プールを区切る網の一部をおろすと、ジータは自ら生け簀から出て自然プールのショーエリアに向かいました。飼育員は、妨げとなる網やロープを撤去し、態勢を整えます。

午後2時31分、ジータの動きがあわただしくなった瞬間、子クジラが産み落とされました。こともあろうに自然プール端の浅瀬と岩礁のすぐそばです。またたく間に辺りが砂泥と血液で濁り、子クジラがどこにいるか行方を見失ってしまいました。

固唾(かたず)を飲んで見守っていると、子クジラが岩礁に乗り上げました。ジータは子クジラを引っ張り、駆けつけた飼育員がそれを手伝ってついに水中に戻すことができました。ジータは子クジラにピッタリと寄り添い、安全なところへ誘導しようと、その場を離れていきました。

この間3分ほどでしたが、永遠にも感じられる時間でした。

しばらくして、子クジラはジータの腹部に潜りこんで乳首を吸う行動が見られました。無事、授乳ができているようです。この子クジラが立派なクジラになるまでには長い月日がかかりますが、飼育員の表情は少し和らぎました。

(太地町立くじらの博物館館長 稲森大樹)

会員限定記事会員サービス詳細