朝晴れエッセー

父の履歴書・7月6日

平成から令和へ年号が改まって間もない6月に84歳を迎えたばかりの父を失った。緊急入院の後、1カ月ほどで亡くなってしまったせいか、長く同居していた私は父の死の実感があまり湧いてはこなかった。

結婚より仕事を選択した私を心配したのだろう。父と私はよくけんかをした。ただ、どれほど遅い帰宅であっても、必ず待ってくれていたのは母ではなく父だった。

葬儀を終え、年金終了手続きのために母と訪れた税務署で、私は思いがけない父を知ることになった。

当時、義務教育を終えたばかりで就職した父は、やんちゃでわがままな少年だったろう。けんかばかりして職を転々としていたに違いないと、私は思い込んでいた。ところが記載された職歴に気が付き、目を見張った。

年齢を重ねるごとに、必ず厚生年金制度が整備された会社に就職し、働きながらさまざまな資格を取得して、条件の良い転職を行っていた。窓口の職員の方が「この記録はお父さまの履歴書ですね、堅実にお勤めでしたね」とほほ笑んだ。「いろいろと困ったところもありましたけど」と母は苦笑い。私はにじんできた涙で泣き笑いとなった。

そうだ、父はこんな人。わざと悪そうに見せて、こっそり真面目で、家族思いの昭和の男だったのだ。

翌年、父の一周忌法要を終えて間もなく、母も父の元に旅立った。寂しがりやの父が、楽しげな私たちの様子にやいたのだろう、と私はにらんでいる。

昭和の男は、甘えたさんでもあった。


三木二三代(58) 大阪府四條畷市

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