米「中絶内戦」の様相 一部の州、連邦政府が対立

6月24日、米首都ワシントンの米連邦最高裁前で、人工妊娠中絶の権利を否定する判断に抗議するデモの参加者ら(ロイター)
6月24日、米首都ワシントンの米連邦最高裁前で、人工妊娠中絶の権利を否定する判断に抗議するデモの参加者ら(ロイター)

【ワシントン=渡辺浩生】米国で人工妊娠中絶の憲法上の権利を認めた1973年の「ロー対ウェード」判決が連邦最高裁で覆され、州単位で中絶の是非をめぐる闘争が活発化している。連邦最高裁は「中絶の問題は州に委ねる」としており、米紙によると、最高裁の無効化判断に伴い自動的に中絶が禁止される「トリガー(引き金)法」が成立している13州のうち少なくとも8州で法が発動され、地元裁判所に一時的差し止めを求める訴訟も相次ぐ。

西部ユタ州では2020年、母体を危険から救うなど一部例外を除いて人工中絶を禁止する「犯罪中絶法」が成立し、最高裁が判断を示した今年6月24日に効力を発した。地元の中絶擁護団体「米ユタ家族計画連盟」は翌25日、ユタ州憲法で定められた平等の権利に反するとして、暫定的な差し止めを請求。27日に州裁判所が緊急審理の必要性を理由に14日間の差し止めを命じた。

ユタ州は米国で保守的な州の一つ。州選出の2人の上院議員、4人の下院議員はすべて共和党、州議会上院定員29人のうち23人が共和党だ。州人口の約5割が信者とされる「末日聖徒イエス・キリスト教会(モルモン教)」やカトリック、プロテスタントの福音派などの教会が、州民の意識に強い影響力を持つ。最終的には州憲法に沿って議会が法律を定める。

テキサス州では昨年9月、胎児の心拍が確認される6週以上の中絶を禁止し、母体を守る以外、レイプや近親相姦(そうかん)による妊娠も例外と認めない州法が成立した。また、1925年に成立した独自の中絶禁止法もある。ロー対ウェード判決無効化で、効力が生じることになる。これに対し、一時的に中絶の再開を認める命令を州の下級裁判所が下したが、州最高裁がそれを阻止する判断を示す事態も起きた。

一方で、米紙ワシントン・ポストによると、リベラル勢が優勢な21州は中絶の合法化を継続する見通し。中絶容認の州へ、禁止された州から女性が移動して手術を受けるケースが今後急増するとみられ、州をまたいだ中絶を禁止する法的措置を反中絶団体や共和党議員が検討を始めた。バイデン政権は対抗措置をとる構えをみせる。

州の間で極端な差が生じ、一部の州と連邦政府が対立する「中絶内戦」の様相を呈しており、中間選挙をにらみ最重要争点となるのは必至だ。

■中絶擁護派「ユタ家族計画連盟」カリー・ギャロウェイ理事長

私たちは最高裁がロー対ウェード判決を覆す日に備えねばならなかった。2020年にユタ州議会で「トリガー法」が可決されて以来、法律顧問と準備を進め、最高裁の判断が出た翌日には州法の差し止め請求をソルトレークシティーの裁判所に起こし、14日間の差し止めを得た。裁判が続く限りケアを提供できる。

だが、合衆国憲法上の権利を認めた「ロー・ウェード」の50年が終わり、今後、女性が自身の体への「自主決定権」を持つべきか否かは、州議会が左右する。女性たちの権利と、(中絶を施す)医師らが刑事的にも危険にさらされぬよう、闘いを続ける。

どうなるかは誰にも分からない。リベラルな州と保守的な州の違い、州政府・議会が州民にどういう態度を持つかの違いで、国中がパッチワーク(継ぎ合わせ)になっている。

私たちのもとに相談に来る女性は、出産・育児の経済的余裕がない、学業中や新しい職への移行中などの状況下で子供を産めないと考える人たちだ。5割は医療保険を持っていない。

中絶は女性にとって一刻を争う問題になった。妊娠して何日、何週経過するかは手術に大きな影響を及ぼす。最高裁の判断が出た翌日にも私たちの施設には13人の予約があり、「政治家が、あなたたちから体の決定権を取り上げ、出産することを望んでいる」と伝えねばならなかった。

私たちは家族計画や出産後の費用に低所得者向け医療費補助制度の適用を広げるよう訴えてきたが、保守的で家父長的な傾向の強い議会には顧みられなかった。中絶反対派は出産するゆとりのない女性を支援するというが、彼らが考える支援はおむつやティッシュ、服の提供だったりする。本当に必要なのはそういうものではない。女性から中絶を選ぶ権利を取り上げることと、全く釣り合わない。

■中絶反対派「プロライフ・ユタ」マリー・テイラー理事長

ロー対ウェード判決が出た1973年当時と今とでは、胎児に関する科学は比べようもないほど進んだ。今、私たちは超音波で子宮の胎児の様子を見ることができるし、赤ちゃんは早ければ8週から12週で痛みを感じる力を持つという研究結果もある。プロチョイス(選択尊重派)は中絶を女性の権利の問題としているが、これは赤ちゃんの人権の問題だ。

ユタ州は保守の州だ。「末日聖徒イエス・キリスト教会(モルモン教)」は強力で、カトリック、福音派も重大な影響力を持ち、教会はプロライフ(生命尊重派)のメッセージを説く。州民の圧倒的多数が、中絶は制限されるべきだと考えている。

私自身は特定の信者ではない。やがて生まれる子供も私たちと同じ権利を持つ人間として共感を持つのに、宗教的な人間である必要はないと思う。

私自身、最初はプロチョイスだった。19歳のとき妊娠したことに気づき、カウンセラーと相談した。中絶を受けたら、私の体から取り出されるものは何かを尋ねたとき、鉛筆の先っぽほどの大きさで少しも人間の形をしていない細胞の塊だといわれ、中絶を選んだ。

5年後に娘を宿した。彼女の発達過程を調べたら、妊娠11週で脳波と心拍があり、爪と指紋がある小さな手足の指があり、私の子宮の中で宙返りをする。なんという奇跡だろう。同時に、最初の妊娠も同じだったことに気づいた。

(19歳のときの)胎児は脳波と心拍を持つ人間に形作られていた。私は恐れおののき、今も罪と自責の念に駆られている。それがプロライフの運動に関わるようになった理由だ。

中絶は女性の権利と社会的地位の向上の方法と認められてきたが、子供の命を奪うことが、女性に力を与えることにはならない。

会員限定記事会員サービス詳細