鑑賞眼

手塚治虫原作のぶっ飛んだ〝怪作〟ミュージカル 「アラバスタ―」

ミュージカル「アラバスタ―」の舞台より。中央に立つのはアラバスターを演じる宮原浩暢 ©ミュージカル『アラバスター』製作委員会(岩田えり撮影)
ミュージカル「アラバスタ―」の舞台より。中央に立つのはアラバスターを演じる宮原浩暢 ©ミュージカル『アラバスター』製作委員会(岩田えり撮影)

今年一番の怪作ミュージカルが誕生した。

手塚治虫の漫画「アラバスター」を原作に、宝塚歌劇団出身の荻田浩一が脚本と演出を担当。荻田自らが「かなりぶっ飛んだ作品」と語る通り、主人公は半透明の体を持つ異形の男、ヒロインは眼球以外は透明で見えない少女、と普通なら舞台化を尻込みしそうな設定をどう表現するのか。そんな興味から観劇したが、大作からショーまで多彩な作品を作ってきた荻田が、ミュージカルの力を最大限に利用して、期待に応えてみせた。

外見の醜さに傷つき、社会を憎むようになった男が体を透明にできる力を手に入れ、「アラバスター」という正体不明のテロリストとして社会に復讐(ふくしゅう)していく物語。彼らを追いかけるのが、異常なまでのナルシストで残酷な捜査官、ロック・ホーム(矢田悠祐)だ。手塚作品ではおなじみのロックだが、本作でも差別主義者で醜さを憎む悪辣(あくらつ)な人物として君臨。犯罪者であるアラバスターに対峙(たいじ)する側が、正義でないのがおもしろい。

黒いマントをまとい、顔を隠しながら悪事に手を染めるアラバスターは、宮原浩暢の迫力ある美声もあって、「オペラ座の怪人」のファントムをほうふつとさせる。そのアラバスターの一味となる眼球以外は透明な少女、亜美(涼風真世)は、最後まで透明なまま。スポットライトを動かすことでそこに「いる」ことを表現するが、客席から姿は見えない。代わって、亜美の影(穴沢裕介)がその心理や状況を全身で表現する。

声優としても実績ある涼風なくして、この舞台は成り立たなかっただろう。無色透明な少女は、人々の悪意にもがき葛藤し、美しさや正しさというあらゆる基準の間で揺れる。だが、最後には、「心」を持つ人間は決して無色ではいられないのだとその七色の声で的確に伝える。この作品の本当のテーマは、外見でなく人間の内面の方にあるのだ。

アラバスター(宮原浩暢、上)を追う残酷な捜査官、ロック・ホーム(矢田悠祐) ©ミュージカル『アラバスター』製作委員会(岩田えり撮影)
アラバスター(宮原浩暢、上)を追う残酷な捜査官、ロック・ホーム(矢田悠祐) ©ミュージカル『アラバスター』製作委員会(岩田えり撮影)

姿なきスポットライトと影で外見と内面を分けて表現する亜美に対し、美しい外見に醜悪な内面を併せ持つロック。透明な体を化け物扱いされる亜美より、勝手な価値観で美醜を判断し、残酷な行為を正当化するロックの方がよほど化け物だ。荻田が脚本・演出を担当したミュージカル「王家の紋章」で注目を集め、舞台「魔法使いの約束」でブレークした矢田は、このぶっ飛んだナルシストという難役を、道化にしないギリギリの線で演じきった。

人間の残酷さを突き付けられる物語で、亜美を助けようと奔走するゲン(古屋敬多)と力仁(馬場良馬)の心のこもったデュエットは救いだ。亜美の養母、小沢ひろみ役のAKANE LIVの歌唱も胸を打つ。

他に、治田敦ら劇団四季出身の実力者がずらり。ロック調からオペラ風まで、多彩な音楽を歌いこなし、レベルの高さを見せつけてくれる。何度も衣装を替え美しさを見せつける矢田に対し、最後まで舞台に姿を見せない涼風を「美しい俳優なのにもったいない」と思ったが、この演出すら「外見にとらわれるな」という荻田のメッセージだろうか。好みはあれど、個性際立つ意欲作であることは間違いない。(道丸摩耶)

東京公演は終了、10日に梅田芸術劇場シアター・ドラマシティで大阪公演。問い合わせは、0570・200・888。

 


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