浪速風

「歴史的」が「歴史」になるのか

20年近く前の7月4日、米ボストンの街中で、大きな花火が幾重にも打ち上がるのを見たことがある。1776年、英国からの独立宣言が公布されたことを記念する「独立記念日」のイベント。今晩も、米国では歴史の一日を祝って花火が上げられるのだろう

▶「歴史的な場面」に立ち会うことは、そう度々あるわけではない。「金メダル獲得!」のようなスポーツの偉業と違い、政治の一場面が「歴史」になるかは、その後の出来事が決める。米国でも独立宣言後の長い戦禍を経て、この日が歴史になった

▶先週、中露の脅威を明示したNATO(北大西洋条約機構)首脳会議を、複数の新聞が「歴史的」と評した。欧米とアジア太平洋諸国が手を携えて国際秩序を守った日となるか、英元首相チャーチルが米ソ対立を「鉄のカーテン」と表現して冷戦の幕開けを告げた「フルトン演説」のような「負の歴史」になるのか。時代の当事者として見守りたい。

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