松岡恭子の一筆両断

建築は文化、建築は社会資産~NPO活動の10年

解体前のプランニング秀巧社の本社屋(ダイヤモンド秀巧社印刷提供)
解体前のプランニング秀巧社の本社屋(ダイヤモンド秀巧社印刷提供)

はじまりは2008年のある日、福岡市のホテルニューオータニ博多の近くを歩いているときでした。ふと目をやると、ある建物が解体中でした。それは「シティ情報ふくおか」を発行していたプランニング秀巧社の本社屋。設計は大分県が生んだ世界的建築家、磯崎新(あらた)さん。1976年にオープンした5階建ての建物は決して大きなものではありませんでしたが、その斬新な空間は多様な文化的交流を地域にもたらしました。好奇心旺盛な人々が集い、演劇、美術、音楽に彩られた数多くのエピソードが宿りました。正面入り口の曲面の壁には8枚の鏡が貼られ、そのうちの2枚だけが扉というトリックがありました。最上階のクライアントルームの吹き抜けには鮮やかな色の螺旋(らせん)階段、その奥に大きな彫刻のようなソファラウンジ。もし今訪れることができても、その空間に息をのむと思います。それがひっそりと街から消えようとしていることに衝撃を受けました。

 松岡恭子氏
松岡恭子氏

その解体を目にしてすぐ、市民向けの建築ツアーを企画することを思い立ちました。建物が失われてからでは遅い。存在している間にその魅力を紹介し、愛してもらう機会をつくらなくてはと考えたからです。設計者の紹介や発注者のエピソードなど人にまつわる話、建物の空間や造形、材料などハードに関する話などを、わかりやすく伝える楽しいツアーを通して建築ファンを増やしていこうと考えました。当時は東京電機大学の准教授をしていたので、地元の九州大学も交えてガイドブック製作からツアーガイドまで、建築を学ぶ若い学生たちが担当。2009年から毎年8月に、「MATfukuoka(Modern ArchitectureTour in fukuoka)福岡近現代建築ツアー」と題して開催しました。子供からお年寄りまで、福岡市民はもちろん、遠方からもたくさんの参加者を迎え、美術館、銀行本店、小学校、オフィスビルなどさまざまな建物を紹介し好評を博しました。今まで何気なく見ていた建物が説明を聞いてぐっと身近に感じたとか、外からは見ていたけど内部に初めて入ってその素晴らしさに驚いたといった声をたくさんいただきました。

2012年にはNPO法人「福岡建築ファウンデーション」を立ち上げ、継続していくこととしました。活動には建築の設計に携わる人たちだけでなく、グラフィックデザイナーや写真家、映画作家など多彩なメンバーが集まっています。建築には工学、歴史、芸術など実にたくさんの分野がつながっています。また、コンセプトを建物に結実するには、設計や建設技術はもちろん、インテリアや照明、サイン、庭園などにさまざまな専門家を要します。優れたプロジェクトは多彩なデザイナーが育つ場にもなるのです。そしてデザインは時代を映し出す鏡であり、一つ一つが都市空間や街並みを形成する要素でもあります。その姿は万人の目に触れる公共的な存在で、市民の心のよりどころや観光の対象となる場合もあります。まさにまちづくりの基盤になる存在なのです。だから私たちNPOのメンバーは「建築は文化、建築は社会資産」という想(おも)いを胸に、一般市民向けの建築ツアーやサロンと呼ぶ講演会、写真展や子供向けデザインワークショップなどを行ってきました。今年秋には満10年を迎えます。

これまでの活動が評価され、今年福岡市都市景観賞の活動部門賞をいただきました。まだまだ認知は低くささやかな活動ですが、10年の節目を迎えメンバーは想いを新たに、もっと多くの方に建築の面白さや魅力を伝えたいと企画を考えています。優先的なお申し込みなどの特典を用意して、活動を応援してくださる賛助会員を常に募集しています。今月20日には大阪から橋爪紳也先生を迎え、この春閉会したドバイ万博と2025年開催予定の大阪関西万博の話をしていただきます。1970年の大阪万博では未来の生活を支える技術が数多く発表されましたが、21世紀の万博は一体どんな未来を私たちに見せてくれるのでしょうか。オンラインですのでどこからでもご参加いただけます。また30日には九州産業大学の大楠アリーナ2020の建築ツアーも行います。どちらもお申し込みは福岡建築ファウンデーションのホームページ(https://www.fafnpo.jp/)からどうぞ。

【松岡恭子(まつおか・きょうこ)】 昭和39年福岡市生まれ。福岡県立修猷館高校、九州大学工学部卒。東京都立大学大学院、コロンビア大学大学院修士課程修了。建築家。設計事務所スピングラス・アーキテクツ代表取締役および総合不動産会社、大央の代表取締役社長。NPO法人福岡建築ファウンデーション理事長も務め、建築の面白さを市民に伝えている。一般社団法人都心空間交流デザイン代表理事。One Kyushu ミュージアム総合プロデューサー。

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