正論8月号

経済快快 不毛極まる「悪い円安」論 産経新聞特別記者 田村秀男

5月末、ホワイトハウスで、バイデン米大統領(右)と面会した米連邦準備制度理事会(FRB)のパウエル議長。FRBの利上げ加速で景気リスクが高まっている(AP)
5月末、ホワイトハウスで、バイデン米大統領(右)と面会した米連邦準備制度理事会(FRB)のパウエル議長。FRBの利上げ加速で景気リスクが高まっている(AP)

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欧州中央銀行が利上げに転じ、米連邦準備制度理事会(FRB)は大幅な第三次利上げに踏み切った。対する日銀はマイナスの短期金利とゼロ%台の長期金利を続ける決意だが、金融エコノミストやテレビや新聞、ネットメディアの「悪い円安」論の大合唱が起きている。感情論であり不毛極まる。円安は企業収益を嵩上げし、国内生産を有利にする。産業界がそこで国内投資と大幅賃上げに動けば、日本経済再生の道が開けるはずだ。

高インフレとは言え、需要が拡大を続けている米欧とは逆に、過去二十五年間も需要が低迷を続け、デフレ圧力から抜け出せないでいる日本が金融引き締めで円安を是正するのはそもそも無理筋である。四半世紀にも及ぶ需要不振は新型コロナウイルス禍勃発でさらにひどくなり、企業はエネルギーや食糧価格が上昇する中での円安の進行に伴うコスト高のほんの一部しか販売価格に転嫁できない。物価上昇率が八%台のインフレ率の米欧とは対照的に、日本は二%台にとどまっているのは、すさまじい経済の収縮圧力の表われなのだ。従って、打開策は円安を「悪い」と否定するのではなく、生かすことだ。

円安=悪とみなす向きはメガバンクやその利害を代表するエコノミスト、それに追随する半可通の評論家に多い。日銀に対し、異次元緩和を止めて利上げせよ、国債買い入れを打ち止めよと求める。日米金利差拡大が円売り・ドル買いの投機を招くとあってパニックになっている。グラフ1は、ロシア軍のウクライナ侵略開始後間もなく始まった米利上げとともに急激な円安が始まったことを示している。金利とはその国のカネの価格を示す。ゼロコストの円資金を市場で調達し、それを売ってドル資産を買えば誰だって儲かる。それを巨額規模で繰り返すのがヘッジファンドによる「キャリートレード」と呼ばれる投機手法である。

一日当たりの外国為替取引規模は日本の年間国内総生産(GDP)をはるかに上回る。日銀がその巨大な流れを変えるためには、米国並みの高金利にするしかないが、日本経済の衰弱は一層激しくなり、むしろ円売り投機の口実にされるだろう。また、日銀が国債購入をやめると、住宅ローン金利を含む長期金利の急騰を招いてしまう。国民は収入をさらに減らし、マイホームもあきらめ、志ある企業は設備投資どころではなくなる。恐るべき自滅のシナリオを勧めるメディアは薄っぺらなテレビの解説者や人気ブロガー、一般紙にとどまらない。経済専門紙の論説委員たちはせめて企業の財務状況を調べてみるがよい。

膨張する内部留保

企業財務で、唯一V字型回復を果たしている項目がある。企業が税や配当などを払って残った利益の一部を貯め込んだ利益剰余金(内部留保)である。市場経済とは貨幣経済であり、カネが蓄積されるだけで動かないと、生産も所得も増えない。

財務省が実施する法人企業統計中の金融・保険業を除く全業種をチェックしてみる。利益剰余金、従業員への給与、賞与及び福利厚生費の年間合計額と名目国内総生産(GDP)の推移を追うと、ほぼ一貫して、他の項目を圧倒する形で利益剰余金だけが躍動している。慢性デフレが始まった一九九七年度と二〇二一年度を比較すると、利益剰余金は百四十二兆円から四百九十九兆円へと三百五十七兆円も増えたのに、GDPは五百四十二・五兆円から五百四十一・八兆円と微減だ。

一二年十二月からアベノミクスが始まり、GDPは増加に転じたが、二一年度は一二年度に比べて四十二兆円増にとどまる。従業員給与等は四・一兆円増、設備投資は九・九兆円増である。これらは二〇年度の新型コロナ不況の影響はあるとしても、利益剰余金は二百十五兆円も増えている。「脱デフレ」を掲げたアベノミクスはそれまでの超円高を是正し、輸出を増やし、企業収益を好転させた。GDP、設備投資、賃金を圧し、突出して増えてきたのが利益剰余金である。

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「正論」8月号 主な内容特集

【特集 電力と国家】

途上国になる前にエネ政策転換せよ 元内閣官房参与 加藤康子

原子力・火力復活で日本再興 社会保障経済研究所代表 石川和男

脱炭素一本槍は自殺行為だ キヤノングローバル戦略研究所研究主幹 杉山大志

人命よりも太陽光が大事か 全国再エネ問題連絡会共同代表 山口雅之

中国に狙われる地方自治体 福岡県行橋市議 小坪慎也

【特集 国防力強化策】

自衛隊最高幹部が語る 防衛費増でやるべきこと<前編>元陸上幕僚長 岩田清文、元海上幕僚長 武居智久、元空将 尾上定正

将来戦を見据えた新領域整備を 中曽根康弘世界平和研究所主任研究員 大澤淳

国際秩序維持へ強靭な軍事力持て 防衛大学校教授 神谷万丈

対中露北抑止の切り札は原潜 元潜水艦隊司令官 矢野一樹

核シェルター整備は国家の責務 ジャーナリスト 岡村青

「サイバー無能」で台湾有事は負ける 同志社大学特別客員教授・元国家安全保障局次長 兼原信克

【特集 重信房子礼賛のおかしさ】

テロリストを英雄視するな 作家・島根県立大学名誉教授 豊田有恒

警備公安当局の仕事がひとつ増えた 評論家 潮匡人

いまだ「革命幻想」懐古の群れ ジャーナリスト 三品純

食料安全保障脅かす外からの侵食 政策シンクタンク代表 原英史

激動する世界と日本の針路 大阪「正論」懇話会講演詳報 ジャーナリスト 櫻井よしこ

中共のウイグル根絶 これが決定的証拠 日本ウイグル協会副会長 アフメット・レテプ

今年の北戴河はいつもと違う チャイナ監視台 産経新聞台北支局長 矢板明夫

葛西敬之氏を偲ぶ 新幹線と国家 治者の眼で見続けた 慶応義塾大学大学院教授 谷口智彦

保守思想貫いた石川水穂記者を惜しむ 政界なんだかなあ特別版 産経新聞政治部編集委員兼論説委員 阿比留瑠比

武士道体現した瀧善三郎の生涯 一般社団法人「歴史新大陸」代表理事 後藤勝徳

派閥は百人超で亀裂が入るもの 連載 元老の世相を斬る 元内閣総理大臣 森喜朗

デタラメ流すTBS「報道特集」 ジャーナリスト 林智裕

韓国新政権は「慰安婦の嘘」直視せよ 麗澤大学客員教授 西岡力

国民の手で天皇・皇室を守る 評論家 江崎道朗×一般社団法人「日本令和研究所」理事長 三荻祥

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