悲願の生活保護打ち切り 心の病を克服できた居酒屋バイト

開店準備をする小林優香さん(仮名)。柔軟なシフトが奏功し、鬱病を患いながらも安定した勤務ができるようになった=大阪市北区
開店準備をする小林優香さん(仮名)。柔軟なシフトが奏功し、鬱病を患いながらも安定した勤務ができるようになった=大阪市北区

関西在住の女性に5月、一通の書類が届いた。鬱病が原因で、約10年間受給していた生活保護の廃止決定通知書だった。それは女性にとって非情な通知ではなく悲願だった。「意地でも立ち直る」。2年前から居酒屋でアルバイトを開始。厳しい現実に直面し、一度は退店を決意した。しかし徐々に勤務時間は増え、ようやく生活保護の受給水準を上回る収入を手にした。今では店に欠かせぬ存在になった女性。何が彼女を支えたのか。

転機は離れて暮らす母親の死

5月下旬、大阪市北区の居酒屋「てつたろう」。40代の小林優香さん=仮名=は自治体から届いた保護廃止決定通知書を手に、「今後は貯金をして、生命保険にも入りたい」とほほえんだ。

心の異変を感じたのは約15年前。プライベートでの心労に加え、職場の人間関係にも悩むようになり、心療内科を受診した。

鬱病と診断後もしばらくは仕事を続けたが、症状が悪化。精神障害者保健福祉手帳の2級(日常生活が著しい制限を受ける)と認定された。仕事の継続を断念し、生活保護の受給が始まった。

そこから引きこもり生活が始まった。病状は一向に改善せず、「お前なんか死んでしまえ」との幻聴が脳内に響いた。体がけいれんし、何げないことで涙が流れる。受給者に対する冷たい視線を常に意識し、知人から「怠けている」と非難されたこともあった。

転機は離れて暮らす母親の死去。亡くなる前に寝たきりの状態で施設に入ったが、当時の小林さんでは介護することもできない。老いた母親の姿を見て将来への不安も募り、「意地でも立ち直る」と決心。就労移行支援事業所での訓練をへて、令和2年4月から「てつたろう」で働き始めた。

「何回でもチャレンジしたらいい」

居酒屋を希望したのは、過去に飲食店での勤務経験があったから。しかし、久しぶりの社会復帰は一筋縄ではいかない。週2回、1日4時間ほどのペースで始めたが、安定して働けず、数週間休んでしまうことも。同年8月には1カ月間の勤務日数が2日にまで減った。「もう辞めます」。小林さんはついに上司に伝えた。

それでもオーナーの柳川誉之(たかゆき)さん(51)は「一回失敗したらダメではなく、何回でもチャレンジしたらいい」。小林さんを引き留めた。

オーナーの柳川誉之さん(左)と面談する小林優香さん(仮名)。「何回でもチャレンジしたらいい」と励まされた=大阪市北区
オーナーの柳川誉之さん(左)と面談する小林優香さん(仮名)。「何回でもチャレンジしたらいい」と励まされた=大阪市北区

しばらくは精神的な負担が小さい調理場中心の短時間勤務に切り替えた小林さん。心身の状況を踏まえながら、少しずつ勤務時間を増やしていった。

柔軟なシフトが奏功。月日を重ねるごとに休みも減っていき、昨秋からは週5日勤務が安定するようになった。仕事量に反比例して生活保護の受給額も減り、正式に廃止が決まった。

心の病はまだ完治していない。それでも客との何げない会話が楽しく、「店にとってなくてはならない存在」(柳川さん)にまで成長した。

小林さんは過去の生活を振り返り、「働き始める前は今の姿を想像もできなかった。周りの理解があったからこそ、ここまでこれた」と頰を緩める。

精神障害者の求職は大幅増

鬱病など精神障害がある人たちの働く場所の確保は、社会の課題となっている。

厚生労働省によると、令和3年度にハローワークで精神障害者が新たに求職の申し込みをしたのは約10万8千件。身体障害(約5万8千件)や知的障害(約3万5千件)よりも多く、10年前の倍以上となっている。

法律で従業員数に応じて障害者の雇用が義務付けられていることもあり、就職件数は増加傾向にある。ただ、身体障害者の平均勤続年数が10年2カ月に対し、精神障害者は3年2カ月。定着しやすい職場環境づくりが求められている。

小林さんが働く「てつたろう」は、従業員数が法律の基準に達しておらず、雇用義務はない。それでも小林さんのほかに、もう一人障害がある従業員が働いている。柳川さんは「苦手な作業は確かにあるが、噓やごまかしはない。仕事にまっすぐ向き合ってくれる」と働きぶりを評価。「従業員全員が、そうした人たちと一緒に働く目的や意義を理解することが重要だ」と話している。(野々山暢)

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