昼前には完売、整理券を配布 崎陽軒と共同開発した「関西シウマイ弁当」が売れている背景

新しい需要を喚起

誰もが知る傑作駅弁であるシウマイ弁当が、関西の味になればどんな変化が生まれるのか。これは、関西のグルメファン、鉄道ファン、駅弁ファンのみならず、関東のシウマイ弁当ファンにとっても気になるところ。関東から関西へ旅行、出張に来た人が買い求めるケースも多い。

まねき食品本社(出所:まねき食品公式Webサイト)
まねき食品本社(出所:まねき食品公式Webサイト)

かつて関東に住んでいた人がシウマイ弁当を懐かしがって関西シウマイ弁当を買ったり、関東によく用事で行く人が食べ比べをしてみたりと、関東に縁がある人にとって特に人気の商品となっている。

これまでシウマイ弁当を食べたことがなかった関西の人が、関西シウマイ弁当を食べたのをきっかけに、関東に行った際にシウマイ弁当を買うといった波及効果も出てきているとも聞く。シウマイ弁当は、首都圏では主要駅で販売されているポピュラーな商品である。関東ローカルなので、基本的に他の地域では売っていない。

シウマイ弁当が開発された動機は、かつての横浜駅が、東京駅と地理的に近過ぎるため、駅弁・お土産が売れにくかったことに起因する。崎陽軒は苦境を打開するために、中華街でお酒の突き出しとして出していたシューマイに着目。中華街から中国人点心師の呉遇孫氏を招聘(しょうへい)して、冷めてもおいしいシューマイの開発という難題に取り組んだ。

結局、水で戻した干し貝柱を豚肉に混ぜ込むことで、冷めてもおいしい商品が完成。アツアツのまま食べるのが当然と考えられてきたシューマイの新発想であった。こうしてシウマイは1928年(昭和3年)に発売された。

シウマイの表記は、中国・広東の発音に近く、栃木県出身である崎陽軒初代社長の野並茂吉氏の訛った発音にも近かった。中国人スタッフが、お墨付きを与えたことからシウマイになったとする説が有力だ。

いずれにしても、駅弁が売れない駅だった横浜駅を、日本有数の駅弁が売れる駅に変えた奇跡を起こした商品がシウマイ弁当だった。

このように、シウマイ弁当は昭和に生まれた。そして、コロナ禍という令和の駅弁業界にとって危機的な状況で、関西シウマイ弁当という姉妹商品を生み出した。同商品がヒット街道を猛進していることが、シウマイの持つ商品力とポテンシャルの高さを改めて認識させている。

鉄道ファンに愛される

まねき食品は1888年(明治21年)創業の老舗だ。姫路駅の近くで茶店「ひさご」を開いていた竹田木八氏が山陽鉄道(現・山陽本線)の開通にあたり、駅弁に進出したのが起源。

翌89年には姫路駅構内で弁当、お茶の販売を開始。経木の折箱に入れた「幕ノ内弁当」の駅弁を、はじめて製造販売した。つまり、同社が全国にある幕の内弁当の駅弁を生み出した元祖である。

1949年(昭和24年)、えきそばを開発。姫路駅構内で販売を始めた。終戦後、統制品であった小麦粉の代用としてこんにゃく粉にそば粉を混ぜたそばを販売。その後、試行錯誤を重ねて、かんすい入りの中華麺を和風だしの汁で食べる、独特なスタイルに到達した。

以来、姫路名物として地元の人々、全国の鉄道ファンに愛されている。

中華麺を使用したユニークな姫路のえきそば
中華麺を使用したユニークな姫路のえきそば

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