球界屈指の投手コーチが分析 中日・根尾のコンバート成功の鍵

交流戦明けから投手にコンバートされた中日の根尾。スター候補生の異例の挑戦に注目が集まっている=6月25日、甲子園(甘利慈撮影)
交流戦明けから投手にコンバートされた中日の根尾。スター候補生の異例の挑戦に注目が集まっている=6月25日、甲子園(甘利慈撮影)

プロ野球中日の4年目、根尾昂(あきら)(22)が「外野手」から「投手」に登録を変更され、話題を呼んでいる。投手から野手への転向は珍しくなく、オリックス時代に首位打者と盗塁王に輝いた阪神の糸井嘉男らが成功例に挙げられる。一方で、野手に見切りをつけて投手に挑戦するケースは数少ない。ドラフト1位でプロ入りした逸材の異例のコンバート、そして投手としての可能性を関係者はどう見ているのか。球界屈指の名投手コーチとして知られる佐藤義則氏(67)、投打の「二刀流」に挑んだ経験のある元オリックスの嘉勢(かせ)敏弘氏(45)に聞いた。

二転三転の末

根尾は大阪桐蔭高の主力として3度の全国制覇に貢献。甲子園で春夏連覇を成し遂げた2018年秋のドラフトでは4球団から1位指名を受け、鳴り物入りでプロの世界に飛び込んだ。

高校時代、春の選抜で2年連続で胴上げ投手となった実績があるが、こだわったのは内野の要、遊撃手だった。だが、17年に新人王に輝いた京田陽太から定位置を奪えず、1年目の秋季キャンプから出場機会を求めて外野に挑戦。3年目の昨季は「8番・左翼」で初めて開幕戦の先発メンバーに名を連ねたが、最終的には72試合で打率1割7分8厘と期待に応える活躍はできなかった。

昨オフに就任した立浪和義監督は、根尾のポジションについて「外野一本」と宣言。守備の負担を減らしつつ打撃力の強化を図ろうと、春季キャンプ後には外野手登録に変更した。それでも思うように成績を残せず、京田が打撃不振に陥ったチーム事情も手伝って、4月半ばには遊撃手に再挑戦。ただ結果は振るわず、投手に活路を見いだすことになった。

野手で名球会入りも

投手として入団するも目が出ず、野手に転向して素質を開花させた選手は少なくない。代表格の一人は糸井だ。03年に自由獲得枠で近大から日本ハムに入団したものの、1軍での登板はゼロ。3年目の06年に外野手にコンバートされると、09年から6年連続で打率3割をマークし、14年には首位打者を獲得した。

通算2千安打を放った福浦和也(ロッテ、現1軍打撃コーチ)、14年にセ・リーグのベストナインに選ばれた雄平(ヤクルト、現楽天2軍打撃コーチ)も打者として開眼した好例だ。現DeNA1軍野手総合コーチの石井琢朗(たくろう)は、栃木・足利工高から大洋(現DeNA)に入団し、ルーキーイヤーにプロ初先発で初勝利を挙げたが、4年目に遊撃手に転向。「マシンガン打線」の1番打者として活躍し、歴代11位の通算2432安打を放っている。

先駆者の証言

打者から投手にコンバートされた根尾をかつての自分に重ね合わせている人がいる。大阪・北陽高(現関大北陽高)のエース兼4番として夏の甲子園に出場し、プロ入り後は二刀流にも挑戦した嘉勢氏だ。1995年、ドラフト1位でオリックスに入団した際は「打撃の方が得意だったから」と迷わず野手を選択。しかし思うような結果が出せず、97年には外野手登録のままマウンドに上がった経験がある。

野球人生の分岐点となったのは2000年6月。遠征先で当時の仰木彬監督に呼び出され、投手転向を告げられたのだ。「言われた瞬間に(気持ちを)切り替えた。だけど『通用しなかったら、すぐに野手に戻してもらっていいですか?』と条件もつけさせてもらった。そんなに甘い世界じゃないと思っていたから」

この年は主に中継ぎとして21試合に投げ、01年はリーグ最多の70試合に登板した。「プロの体になり、ボールにキレが出た。球速も勝手に上がっていた」。野手として5年間積み上げたひたむきな鍛錬が、投手としての器も大きくした。

オリックスでの現役時代、2000年のシーズン途中に打者から投手に転向した嘉勢敏弘氏
オリックスでの現役時代、2000年のシーズン途中に打者から投手に転向した嘉勢敏弘氏

しかし、02年は33試合、03年は9試合と登板数が激減。「やっぱり投手の体じゃないから、見えない疲労が出た」。わずか1試合の登板に終わった04年限りでユニホームを脱いだ。

引退後、阪神で打撃投手を務めている嘉勢氏は根尾について「普通にやると思うよ。能力が高いからね」とエールを送る。

課題改善なら「先発でも」

00年のオリックスでは嘉勢氏のほか、今村文昭、萩原淳の両内野手も投手に転向した。仰木監督から難題を課されたのは、当時2軍投手コーチだった佐藤氏。萩原は高校時代にも投手経験がなかったが、「フォームに変な癖はなかった。投手をやったことがない割には、ブレーキの利いたカーブを投げていた」と振り返る。「あとは投げて覚えるしかない」と付きっ切りで指導し、02年から5年連続で30試合以上に登板するなど成功に導いた。

根尾は投手転向後、初登板となった6月19日の巨人戦で、主砲の岡本和真を空振り三振に仕留めた。150キロ超の速球を武器に、ブランクを感じさせない投球を披露している。

だが、根尾のここまでの投球について、佐藤氏は上半身に頼った投げ方が気になったという。今季初失点を喫した6月25日の阪神戦(甲子園)。ボールが高めに抜け、変化球の曲がりが早かったのはそのせいだと指摘。「足の頑張りで長くボールを持っていられないから。もっと下半身を使えれば、スピードも出ると思う」と改善点を挙げた。

賛否両論が渦巻いている生え抜きのスター候補生のコンバート。日本ハム時代にはダルビッシュ有(パドレス)、楽天では田中将大(楽天)を指導した名伯楽は「いいところを伸ばすことを優先した方がいい。体の使い方と投げ方をブルペンで修正できれば、先発でも十分使えるようになると思う」と期待を込めた。(大石豊佳)

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