話の肖像画

落語家・桂宮治(29) 棺桶に入るまで、怖がりで、成り行きで

独演会「もっとその先へ ~半蔵門2022卯月~」にて =令和4年4月28日、東京・半蔵門の国立演芸場
独演会「もっとその先へ ~半蔵門2022卯月~」にて =令和4年4月28日、東京・半蔵門の国立演芸場

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《自宅は東京・戸越銀座界隈(かいわい)の3LDKのマンション。昭和時代からタイムスリップしたような人情味あふれる商店街の傍らで家族5人で暮らしている》


コロナ禍で1回目の緊急事態宣言中、一気に仕事がなくなりました。来る電話、来るメール、キャンセルばかり。自分は常にネガティブな考えをする人なんですけど、なぜかこのときだけは落ち込まず、「なんとかなるだろう」と思っていました。それまで落語のことしか考えられなかったので、家で家族といることができて楽しかった。でも、そろそろ出口が見えないなという感じになったときに「子供を育てているのにどうなるんだろう」と。落語家をやめることになるのかと初めて思いました。


《コロナ禍で、インターネットによる高座の配信やトーク番組も行った。それがラジオの冠番組「桂宮治のザブトン5」(文化放送)につながった》


実はなんでも成り行きなんです。計画性があって、高みにいくために努力してきたわけではない。たまたま目の前に山がありました。どうやったら乗り越えられるかを、その瞬間に考えました。で、泥だらけになりながら乗り越えたら、何か分からないけど、装備品が一つ増えたり、引き出しが一つ増えたりしていた。気が付いたらいまの僕があった。成り行きなんです。

真打昇進披露宴もそう。やらない方がいいという風潮もありましたが、僕にとってはやらないという選択肢はなかった。やって後悔するならいいけど、やらないで後悔するのは一番よくない。「全部やってみよう」でここまで来ちゃいました。

笑点メンバーになったので、落語家で誰か知っているかというときに名前が出てくることになってしまった。笑点のすごさ、認知度は思っていた以上です。だからこそ、春風亭昇太師匠がやっているような子供食堂や学校落語を精力的にやりたい。落語ができてから何百年もたっているのに「落語は知っているけど、見にいくほどじゃないよね」というのが日本国民の大多数。それを「じゃあ、見てみよう」と思ってもらえるような活動をしたい。落語に出合って幸せにしてもらったので、恩返しです。


《7月3日にはTBS系日曜劇場「オールドルーキー」に俳優として出演する》


落語家、桂宮治を見てドラマに出てほしいなと思ってくれたのならうれしいです。ただ、落語家だから、高座の上でしゃべるのが中心。軸が落語というのは変わりません。

いまでも一回一回の高座が怖いし、100回連続で成功しても、101回目が失敗したらゼロになると思っています。もしかしたら次の落語会にお客さまが一人も来てくれなくなるかもしれないという恐怖といつも戦っています。それくらいの怖がりなんです。自分がすごいなんて思ったことはこれっぱかりもない。「イケてる」と思ったら怠けるだけです。チャレンジし続けなければいけない。それでも落ちることは絶対あるから、そこはなんとか歯を食いしばって、しがみついて。

「これで落語家として食べていける」と確信したことは一度もないです。これから先もたぶんないでしょう。「ここじゃない、ここじゃない」ってやり続けてきただけ。1000人とか2000人のキャパでやるより、300人、500人くらいのキャパを定期的にきちんと、おじいちゃんになっても続けていきたい。それって結構難しいことだと思うんですよね。

目の前にいるお客さまが喜んでくれる高座を全力でやって、家族全員がご飯を食べられる。棺桶(かんおけ)に入るまで、その作業を手を抜かずにやり続けたい。それがいまの僕の目標です。(聞き手 池田証志)

=明日から「すしざんまい」経営の喜代村社長、木村清さん

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