鑑賞眼

「室温~夜の音楽~」 生演奏がはぐくむ不穏な空気

「室温~夜の音楽」の一場面。古川雄輝(左)ら(提供写真、引地信彦撮影)
「室温~夜の音楽」の一場面。古川雄輝(左)ら(提供写真、引地信彦撮影)

小学生のころ、同級生が家に来た。おとなしい普通の少年だったが、夕方になっても夜になっても、私や母が促しても、なぜだか帰ろうとしなかった。「室温~夜の音楽~」の洋館に居座る来訪者たちを見ながら、戸惑いとともに、かすかに恐怖を覚えたあのときを思い出した。

ケラリーノ・サンドロヴィッチ作「室温」の舞台は、作家の海老沢(堀部圭亮)と娘のキオリ(平野綾)が2人で暮らす田舎の洋館だ。警察官の下平(坪倉由幸)、タクシー運転手の木村(浜野謙太)のほか、ある理由で作家に会いにきた間宮(古川雄輝)と赤井(長井短=ながい・みじか)が来訪。ふとした会話や出来事から、それぞれの秘密や隠された感情が明らかになっていく。

今作の特色あるいは魅力を語る上で欠かせないのは、全編を通して物語に伴走し、世界観を強烈にサポートする「生演奏」だ。この舞台では、ストーリーと音楽は切っても切れない関係性にある。

残念ながら未見であるが、平成13年の初演では、「たま(解散)」がその生演奏の役割を担った。平成名物TVの「イカ天」で世に知られた彼らが平成の時代に紡いでいた歌は、穏やかでじっとりとしており、死者や死後の世界がよく顔を出していた。

 「室温~夜の音楽」の一場面。古川雄輝(右)と平野綾(提供写真、引地信彦撮影)
「室温~夜の音楽」の一場面。古川雄輝(右)と平野綾(提供写真、引地信彦撮影)

21年を経た令和版では、演出の河原雅彦により、パワフルなディープファンクバンド「在日ファンク」が〝指名〟された。たまと比べると一見、作品の不思議で怪しい世界観からは遠い距離にあるようだ。

だが、実際に目の当たりにすると、意外な相性の良さに気づかされた。不条理さと狂気をはらむ楽曲は、騒々しさの中で死者を悼む遠い国の祭りのごとく、彼岸と此岸(しがん)をつなぐ不穏な空気を生み出している。理屈はともかく、演劇でアーティストの生演奏まで聞けるのは、単純にエンタメ的なお得感がすごい。

個性豊かな出演陣も、持ち味を存分に発揮する。登場するだけで目を引く平野。冗舌だがえたいが知れない坪倉。歌いまくりながら2役を演じる在日ファンク・浜野のくせ者ぶりも巧みだ。

初演時に「ホラー・コメディ」と呼ばれたという作品だが、あからさまに怖がらせたり、笑いを取りにいったりする場面はほとんどない。それでもちゃんと怖く、面白い。舞台上では恐怖と笑いの境界はあいまいだ。達者な演者たちが双方の領域をさりげなく行き来し、時にそれが混ざったり、はみ出したり。観客は落ち着かない思いを味わい続ける。

「室温~夜の音楽」の一場面(提供写真、引地信彦撮影)
「室温~夜の音楽」の一場面(提供写真、引地信彦撮影)

パンフレット掲載のインタビューで、長井が昨今の「伏線回収ブームとかが嫌い」と話しているのが印象に残った。平成に誕生した今作では、変わりゆく「室温」の中で、人々が破綻(はたん)し、さまざまな面を見せる。舞台上には予定調和も「逆算」の演技もない。勢いを増す夜の音楽とともに、観客も流されるまま、結末まで身を委ねるのが正しい鑑賞法であろう。

消化しきれない感情が残ったとしても、大抵の観客は、この奇妙でぜいたくな舞台に立ち会ったことに満足するはずだ。(芦川雄大)

「室温~夜の音楽」

世田谷パブリックシアターで7月10日まで。同22~24日に兵庫県立芸術文化センター阪急中ホール。

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