山梨大が「胚培養士」育成施設を新設 不妊治療支援へ

顕微授精作業の様子(デモンストレーション)=山梨大の高度生殖補助技術センター(平尾孝撮影)
顕微授精作業の様子(デモンストレーション)=山梨大の高度生殖補助技術センター(平尾孝撮影)

菅義偉前政権の肝煎り政策の一つだった不妊治療への保険適用が、4月から始まった。不妊治療には医師だけでなく、現場で人の受精卵を扱う「胚培養士」が欠かせないが、全国的に不足し、とくに地方での人材確保が大きな課題だ。山梨県も同じ悩みを抱え、山梨大は自前で胚培養士を育成するための研究施設を新設し、実戦的な教育による育成に乗り出した。県も支援し少子化対策につなげる狙いだ。

県内で治療を支援

「県内で不妊治療をしたいと考えても、医療態勢が不足しているため、数カ月待ちとなっている。そのため東京に何度も出向いての治療を余儀なくされたり、場合によっては東京への往復の金銭や時間の問題で、不妊治療自体をあきらめることもある。県内で胚培養士を育成すれば、そういった課題の解決に近づく」

山梨大の高度生殖補助技術センターの岸上哲士センター長=甲府市(平尾孝撮影)
山梨大の高度生殖補助技術センターの岸上哲士センター長=甲府市(平尾孝撮影)

山梨大が今月、甲府キャンパス(甲府市)に開設した胚培養士育成施設「高度生殖補助技術センター」の責任者である岸上哲士センター長は、新施設が少子化問題解消の一端になる重要拠点だと強調する。

胚培養士は、顕微鏡下で精子と卵子を受精させる顕微授精や、受精卵の胚分割過程を観察する培養、冷凍凍結保存などを担当する専門職。不妊治療には医師とともに不可欠な職種だ。

地方での不足が深刻

現在、胚培養士は全国で3千人程度とされるが、これは不妊治療が保険適用外だった時代の人数といえる。保険が適用されたことで、今後、胚培養士の不足が全国的に大きな問題になるとみられている。

そのうえ、不妊治療の需要が多い東京などの都市部と、地方では、胚培養士の賃金差が大きいという。関係者によると「技量にも関わってくるが、年収でみると東京が地方の倍近いこともある」とされ、地方勤務者が極めて少ないとみられている。

事実、山梨県内で従事する胚培養士は現在、5人程度。県内の不妊治療需要は年間3千件程度と推計されるが、実際には1千件程度にとどまっているのが実情だ。胚培養士の不足が象徴するように、不妊治療の環境整備が遅れていることが大きな要因で、専門人材の育成と、県内への定着は喫緊の課題だ。

強みの発生工学活用

山梨大は、凍結乾燥した精子を薄いシートで保存することに世界で初めて成功するなど、哺乳動物の胚を人為的に操作する「発生工学」で高い実績を持つ。ここに生殖医療で実績のある医学部と付属病院が連携。島田真路学長は「これによって高度で質の高い胚培養士育成のカリキュラムが可能になり、社会的な要請に応えることができる」と説明する。

センターを開設した今年度は、生殖医療に携わる現場の医師や、すでに胚培養士として実務を行っている人に、高度技術の研修を行い、日進月歩とされる不妊治療の技術革新への対応を図っていく。来年度からは生命環境学部の中に、胚培養士育成の特別教育プログラムを設け、学部生や大学院生の本格的な育成につなげていく。

課題解決のピースに

県内の不妊治療環境の不足は、常住人口が80万人割れ目前という人口減少、少子化に悩む山梨県にとっても大きな課題だ。

センター開設にあたり、県と山梨大が3月、連携協定を締結し、県が同センターの維持運営に関する資金の一部を支援することになった。長崎幸太郎知事は同センターについて「少子化、人口減少という課題解決に向けたパズルの大きなピースになる」と歓迎する。

今後、胚培養士の県内定着に向け、山梨大と県が協力して学費の一部免除や奨学金制度なども検討していくという。(平尾孝)

会員限定記事会員サービス詳細