一筆多論

国民が抑止力を求める時代 榊原智

共同訓練を行う米空母「エーブラハム・リンカーン」(中央)と海上自衛隊護衛艦「こんごう」(中央左、左から5番目)(海自提供)
共同訓練を行う米空母「エーブラハム・リンカーン」(中央)と海上自衛隊護衛艦「こんごう」(中央左、左から5番目)(海自提供)

参院選の主な争点は、物価高対策と並んで安全保障だという。このような国政選挙は初めてだ。

報道各社の世論調査では防衛費増額への支持が6~7割にも達している。

これが何を意味するかといえば、国民の多数が、平和を守るために抑止力を培う大切さを理解した―ということなのだろう。厳しい安全保障環境下の日本にとっては嘉(よみ)すべき、画期的、歴史的な変化だ。ウクライナは対露抑止に失敗して侵略されてしまったからだ。

戦後日本の平和主義の担い手は保守から革新まで幅広く、一概に否定してはなるまい。ただ、どうしようもないものもある。メディアの多数派や「知識人」らも奉じてきた左派のそれだ。「戦後平和主義」と呼ばれることもある。

特徴は、防衛力(軍事力)が平和を守る上で重要な役割を果たしている現実を認めないか、認識していないことだ。これは世界の民主主義国がとる平和へのアプローチとは正反対で、本当の意味での平和主義とはみなせない。

「戦後平和主義」の家元は日本共産党だが、同党の志位和夫委員長は、自衛隊は憲法9条に反するという立場を改めないまま、日本が侵略されれば自衛隊を活用すると言い出した。

ロシアによるウクライナ侵略の惨状を目の当たりにした国民の防衛意識の高まりに驚き、参院選を乗り切ろうと発言したのかもしれないが、そのご都合主義に世間はあっけにとられた。

ただし、志位氏は、侵略されれば自衛隊を使うとした一方で、自衛隊を侵略を防ぐ抑止力とは位置づけなかった。防衛を考えていると宣伝しようとしても、平時における防衛力の重大な役割(抑止力)を無視するのは、いかにも「戦後平和主義」者らしい。

「戦後平和主義」は民主主義国の防衛力を抑止力ととらえず、戦争の誘因とみなす誤謬(ごびゅう)も犯しがちだ。

日本記者クラブ主催の9党首討論会で社民党の福島瑞穂党首は「(国内総生産〈GDP〉比2%相当の)防衛予算11兆円なんて世界第3位の軍事大国だ。平和国家を壊そうとしているのではないか」と述べた。

今どき、岸田文雄首相や政府自民党が戦争したいと思っているとみなす人はほとんどいまい。

一方的に軍拡を続け、「力による現状変更」を狙う中国や北朝鮮から侵略されたくないから抑止力を高めようとしているだけだ。こちらのほうがまっとうな平和主義といえる。

立憲民主党にしても、最近は声を小さくしているものの、安保関連法による限定的な集団的自衛権の行使容認に反対する立場を崩していない。限定行使容認を否定すれば、日米は守り合う関係でなくなるため、同盟の抑止力は破壊される。立民も抑止力を真剣に考えていないということだ。

立民、共産、社民といった左派政党への支持が高まらないのはうなずける。

防衛力を整え、同盟国や有志国と連携して抑止力を高めようとする政党も喜んでばかりではいられまい。

どのように抑止力を高めていくのか。防衛費の増額で自衛隊をどのように強化するのか。具体的な方向性と、その必要性がどのような安保情勢から導き出されるのかを語らないようでは、抑止力の大切さに気付いた国民から信頼されないだろうからである。(論説副委員長)

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