Z34型ニスモに乗って考えた! 「フェアレディZはこのままでいい」

男性ファッションの世界で、本家アメリカでは消えてしまったアメリカン・トラッドが、太平洋の対岸の日本に残され、独自の発展を遂げていた。という説があるみたいだけれど、1969年に登場したフェアレディZというのは、じつは本家イギリスでは消えてしまったブリティッシュ・スポーツカーの伝統をまぎれもなく引き継ぎ、守り育ててきたといえるのではあるまいか。オースティン「ヒーリー100/6」、「3000」といった直6モデルとか、その直6を「MGB」に載せた「MGC」とか、ああいう系譜につらなっている、と。

もっといえば、MGBとほぼ同時期にデビューした2代目フェアレディが、MGB以上にスパルタンなスポーツカーだった。数年前にフェアレディ2000(SR311型)に箱根で試乗する機会をたまさか得て、日活アクション映画みたいな存在だと思った。無国籍で、石原裕次郎とか小林旭とか宍戸錠とかに似合いそう……、話が古すぎて、若いひとにはわかりにくかったかもしれない。

日産は戦後の1952年にオースティンと技術提携を結び、「A40」、そのあと、「A50」を生産していた。という歴史を振り返ってみても、日産はイギリスの影響大だった。フェアレディZはブリティッシュ・スポーツカーの伝統をいまに伝えている。

その意味では、話がちょっと逸れるけれど、マツダ「ロードスター」もまたMGBの系譜に連なる。ニッポンはファッションの世界においてはアメトラを守り、スポーツカーの世界においてはブリティッシュ・トラッド、ブリトラを守っているのである。

仄聞するところによれば、新型Zはエミッションとヨーロッパでのスポーツカー・マーケットの縮小を理由にイギリスでは販売しないという。せっかく日産のイメージ・リーダーをつくったのに、スポーツカーの本場にもっていかないのはいかがなものか、と筆者は思う。新型Zの開発者諸氏も嘆いておられることだろう。イギリスのエンスージアストたちの声、評価を聞くことは、新型Zの将来にとってはもちろん、日産にとっても重要だし、スポーツカーの母国に敬意を表することにもなるのだから……。

というように、新型フェアレディZへの期待、妄想は、国内の発売がちょっと遅れているだけにますます膨らんでいる。ニューZ発売の夏は、もうすぐそこだ。もうちょっとのガマンですよ。

文・今尾直樹 写真・小塚大樹

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