北方領土の海、自由に捜索できず…知床遺族の悔しさ

紺碧の海に横たわる大きな島影。北海道・知床半島の東側に位置する羅臼(らうす)町からは、ロシアが不法占拠する北方領土の国後島の稜線がはっきりと見えた。根室海峡を挟んで26キロ。目と鼻の先にある島との間にはロシア側が主張する「国境」が引かれている。今年2月のロシアによるウクライナ侵攻後、日露間の領土問題の存在を痛感させられる出来事が相次いで起きた。

「人命がかかっているのに、北方領土の海域で日本が自由に捜索できず、もどかしかった」。知床半島沖で4月23日、乗客乗員26人を乗せた観光船が沈没した事故で、親族を亡くした50代男性が振り返る。

北方領土周辺ではロシア国境警備局が捜索に協力。事故から4日後には、警備艦が国後島西方の海域で救命胴衣を着用した漂流者を見つけたが、荒天で救助できずに見失っていた。

男性は「乗客家族への説明会で、国は『ウクライナ情勢の影響はない』と言っていたが、日本も対露制裁に加わっており、影響がないとは言い切れないのではないか」と疑念を抱く。

国後島では5月、男女の遺体が見つかり、海上保安庁が身元確認に必要なDNA型鑑定のデータをロシア側に送付。乗員男性と乗客女性のDNA型と一致したが、いまだ遺体の引き渡しは行われていない。

不明者の捜索に協力した斜里第一漁業協同組合の馬場浩一代表理事組合長(66)は「ウクライナ侵攻の終結後、日本はロシアとどう向き合っていくつもりなのか」と不安な表情を浮かべる。漁師の熊谷(くまがい)憲雄さん(45)も「国後の人は捜索に協力的だったと思う。あとはもう国と国との話だろう」と話す。

「せめて海は自由に」

ロシア政府が今月、北方領土周辺海域での日本漁船の安全操業を担保する協定の中断を一方的に通告してきたことも、対露制裁の意趣返しと思わざるを得ない事案だった。

「国境の海」を空から守る第1管区海上保安本部の釧路航空基地では、乗組員らが24時間体制で有事に備える=北海道釧路市
「国境の海」を空から守る第1管区海上保安本部の釧路航空基地では、乗組員らが24時間体制で有事に備える=北海道釧路市

「昔は国境近くまで行って操業したが、今は割に合わない」。道内屈指の水揚げを誇る羅臼漁港で、漁師の男性(75)が嘆息した。男性はかつてロシア当局に拿捕(だほ)され、北方領土の色丹島で3カ月間も勾留されたことがあった。それだけに気が気でないという。

平成18年には、無許可で貝殻島付近で操業していた日本漁船がロシア国境警備局の警備艇に銃撃・拿捕され、乗組員1人が死亡する悲劇も起きている。

日本側はロシア側に協力金を支払って漁業を行っており、漁獲量や漁期などの条件を毎年交渉してきた。今年の条件は昨年12月に合意していたが、突然の中断に羅臼漁協の関係者は「北方領土は難しくても、せめて海は自由に使わせてほしい」と戸惑いを隠さない。

北方四島との中間ライン周辺では、海保の巡視船とロシア国境警備艇の無言の対峙が続く。「国境の海」を空から守る前線基地、第1管区海上保安本部釧路航空基地でも、乗組員らが24時間態勢で有事に備える。海保関係者は「ウクライナ情勢を踏まえ、引き続き監視・警戒に注力する」と力を込めた。

「安全守れぬ憲法」

日本を取り巻く海域ではロシアにとどまらず、中国、韓国、北朝鮮との緊張関係が続く。国民の生命を守るための備えは万全といえるのか。

「情報が遅れれば遅れるほど被害は大きくなる」。津軽海峡に突き出た竜飛崎のある青森県外ケ浜町。町総務課の外崎文雄課長(59)は今年3月、北朝鮮から新型大陸間弾道ミサイル(ICBM)が発射された際の国からの情報提供に課題があったと訴える。

発射から約20分後、県から第一報がもたらされたが、その後、続報は途絶えた。ミサイル落下後に海保が「竜飛崎の西約170キロに落下したとみられる」と発表。後に防衛省は、北海道渡島(おしま)半島から西約150キロの排他的経済水域(EEZ)内に落下したと推定されるとしたが、町が竜飛崎周辺の住民に防災無線で注意を呼び掛けたのは、落下から45分も後だった。

東海大の山田吉彦教授(海上安全保障)は「尖閣諸島や竹島、北方領土の問題は、侵略されているという意味だと理解することが必要だ。ウクライナ侵攻により、主権をないがしろにすると、国家どころか、国民一人一人の命すら脅かされることが明確になった」と語り、こう続けた。

「国民の安全保障に対する意識は高くなっている。今の憲法で安全は守れないということに多くの人が気付き始めている」

(大竹直樹)

会員限定記事会員サービス詳細