話の肖像画

落語家・桂宮治(24) 師匠と号泣、大盛況の披露興行

真打昇進披露興行の国立演芸場の千穐楽で(本人提供)
真打昇進披露興行の国立演芸場の千穐楽で(本人提供)

(23)に戻る

《真打昇進披露興行は令和3年2月11日の新宿末廣亭を皮切りに、浅草演芸ホール、池袋演芸場、国立演芸場と計38日間にわたって行われた》

はくちゃん(神田伯山)のときも徹夜組がいて大変なことになっていましたが、僕一人でどうだろうと思っていたら、大初日からすごいたくさん並んでくれて、朝から並んだのに入れないお客さんがいたくらいです。僕なんかのような人間にもこんなにしてくれるんだと、感謝の気持ちでいっぱいになりました。コロナ禍にもかかわらず、大勢駆けつけてくれて、常に満席だったのは本当にありがたかったです。毎日が思い出です。

師匠(桂伸治)はいつもふざけていましたが、国立演芸場での千穐楽の口上で突然泣き出しました。なんてことしてくれたんだと。YouTubeに残ってますけど、二人で号泣しました。最後の最後に泣くなんて、ずるいことするなと(笑)。「かわいい宮治をどうぞよろしくお願いします」と言って涙を流しながら頭を下げてくれた。いま、思い出しても泣いちゃいそうです。これは一生忘れないですね。

《吉例の三本締めが鳴り響く中、目を赤くした大人たち。その日の動画には「この日の口上の為(ため)に全てがあったのかもしれない。師匠伸治の弟子になれて本当に良かった…」というコメントが書き添えられている》

笑福亭鶴瓶師匠、立川談春師匠、桂南光師匠に、お笑いタレントの山田邦子さん。大御所から若手の先輩までいろんな方にゲストとしてきていただきました。落語をまったく知らなかった男が噺(はなし)家(か)になってたった13年で、こんなにたくさんの方々に応援されるようになれていたんだと。寄席だからたいした額にもならないのに、電話一本で「おぉ、いいよ、いくいく」って二つ返事。「十数年でこんなに人生変わるのか」と認識できた瞬間でした。

《真打昇進披露興行の間、毎日楽屋や高座の様子をスマートフォンで撮影し、YouTubeで配信し続けた。名付けて「桂宮治の撮って出し!」》

地方で落語会を開いていただいたりとか、東京で応援してくれて地方に行った方々が、コロナ禍で披露宴にも披露興行にも来られない。そんなことやるつもりなかったけど、「雰囲気だけでも味わいたい」と言われて、感謝の気持ちを表すにはこれしかないと始めました。「前座、二つ目時代に応援していただいてありがとうございます。真打ちになってこういうことをやっています」というお知らせ、お礼という意味です。

スタッフもいないので自分で撮ったものをそのまま出しましょうということで、アカウント名は「撮って出し!」。自撮り棒だけ買ってやっていました。南光師匠が編集しないと出せないことばっかり言うから、編集技術は上がりました(笑)。

《真打昇進披露興行と披露宴では、支援者からたくさんの祝意が寄せられた。贈られた着物や帯は噺家の「勲章」だ》

いただいた花や品物の数がめちゃくちゃ多くて会場に置ききれなくなり、1つの花に看板を4つ差すような状況になっていました。キャバクラ嬢の誕生日のシャンパンの数みたいなもんですね(笑)。

この人だけにお世話になっているというのでなく、お付き合いをしているうちにかなりの数の方に応援されていたということに気づかされました。かみさんや子供たちもかわいがっていただき、家族ぐるみでお世話になっています。いままでたくさんのお客さまに支えられていたんだと実感しました。(聞き手 池田証志)

(25)に続く

会員限定記事会員サービス詳細