話の肖像画

落語家・桂宮治(23) 「エア乾杯」コロナ禍の真打ち披露

真打昇進披露宴で行われた「エア乾杯」=令和3年2月7日、東京・新宿
真打昇進披露宴で行われた「エア乾杯」=令和3年2月7日、東京・新宿

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《令和2年3月、香盤(落語家の序列)5人抜きで真打ちに昇進することが発表された。落語芸術協会としては、会長の春風亭昇太以来29年ぶりの抜擢(ばってき)昇進だった》


毎年1月、長野市の善光寺の境内で宿坊に泊まって落語会をやっているんですが、昼と夜の公演の間に昇太師匠から電話がありました。

「今度、理事会があるんだけど、準備できてる?」

瞬間、そういうことだと思いました。理事会でお前の真打ち昇進を議題にあげるけど、準備は整っているかという意味です。即座に「あ、大丈夫です」と答えました。

理事会では、誰も反対することなく、満場一致で決まったそうです。発表までの間に、5人の先輩にお電話をして、ごあいさつすべきかなと思いました。

「すみません、ちょっと順番が逆になっちゃうんですけど、先に披露興行をさせていただくことになりました」と話すと、先輩方は「おめでとう。気にしないで頑張って」と祝ってくださいました。

「5人抜き」とよく言われますが、真打ちは落語家の「スタートライン」です。そこで抜いた抜かないという話はないんじゃないでしょうか。たまたま日程的に先に単独で披露宴と披露興行をやらせていただいたんだと思っています。長い落語家人生、最終最後にどうなっているかということだけが勝負です。


《真打ち昇進の吉報から昇進披露宴までの間に、新型コロナウイルスの感染が爆発的に拡大。披露宴は緊急事態宣言下の令和3年2月7日、東京・新宿の京王プラザホテルで感染防止策を徹底して行われた。マスクをつけて来場する人々。テーブルには水分補給用のペットボトルだけが置かれていた》


どうやったら披露宴を開くことができるかということしか考えていませんでした。料理は出せない。酒も出せない。時間も長くできない。通常1300人が入る会場に600人くらいしか入れない。すべては消去法でした。

酒蔵の方がオリジナルの樽(たる)を4つもつくってくれたけど、中にお酒も入れず、底の方にちょっと水があるだけ。マスも手に持ったらダメだし。だから、結局、鏡開きをして、手で「エア乾杯」をすることにしました。結果的に残された道はそれしかなかった。あいさつと余興をやってそのままお帰りいただくという1時間程度の披露宴になりました。


《苦肉の策として生まれた「エア乾杯」だが、その後の真打昇進披露宴のスタンダードになっていった》


披露宴は通常、番頭(幹事)さんが手配するんですが、前例がなかったので、全部一人で悩んで発注しました。食事ができなかったので、オリジナルのエコバッグをつくって食べ物や飲み物をお土産に持って帰っていただきました。申し訳ないので、ジュースも日本酒もオリジナルにしよう。お弁当も普通じゃダメだから、いままでつくったことがないような高い弁当をつくってやれとか。逆転の発想です。これもだめだからこうしようみたいにやっていたら、たまたま〝バズった〟感じです。

乾杯の発声をお願いした三遊亭円楽師匠から「やらないという選択は簡単にできるけど、どうやったらできるのかを考えたのがすばらしいことだ」というお言葉をいただきました。

話題性があったからか、披露宴自体はとてもにぎやかでした。やってよかったです。ペットボトル1本しか出さない披露宴を初めてやった男として、落語界の歴史に残るんじゃないでしょうか(笑)。(聞き手 池田証志)

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