国内最古の歴史書「古事記」を編纂(へんさん)したのが奈良時代の高級官僚、太安萬侶(おおのやすまろ)(?-723年)。「臣(しん)安萬侶言(まお)さく(臣下である安萬侶が申し上げます)」で始まる古事記の「序文」は、元明天皇への上奏文で、日本の国の成り立ちが格調高くつづられている。道徳の乱れも指摘し、古事記を通じて国の進むべき道を示そうとした。昭和20年の終戦以降、戦前の皇国史観の反動から、古事記や安萬侶は「架空」ともいわれたが、54年に奈良市内の茶畑から出土した「太朝臣安萬侶」と刻まれた1枚の銅板の墓誌が、実在を証明した。安萬侶は来年、没後1300年を迎える。
神々による国づくり
「宇宙は混沌(こんとん)としていたが、やがて天と地に分かれ、イザナキノミコトとイザナミノミコトが日本列島の島を次々に生みだした」。国生み神話から書き起こす古事記の序文は、オオクニヌシノミコトによる「国譲り」、天から神々が降る「天孫降臨」などの神話が続き、日本が神によって造られたことを強調。続いて、初代天皇・神武の大和(奈良)への東遷、仁徳天皇が民の家から煙が立っていないのを見て税を免除した「民のかまど」なども記し、神の血筋を引く天皇が国を治めたと説いた。
こうした物語は戦前、国語や社会科の教科書で挿絵入りで掲載され、太安萬侶は歴史上の人物として身近な存在だった。
しかし戦後、皇国史観に基づいた戦前教育の見直しが始まり、古事記の信憑(しんぴょう)性が疑われた。研究者からは、格調高い文体は平安時代以降のものではないかとの説や、国家的事業の古事記編纂再開の記事が当時の公的な歴史書「続日本紀」に記されていないことから、古事記偽物説が出された。