話の肖像画

落語家・桂宮治(8) 「あなたに」巧みな話術でトップセールス

セールスマン時代。所属していた会社のパーティーで
セールスマン時代。所属していた会社のパーティーで

(7)に戻る

《ドラッグストアや量販店の店頭でワゴンに積んだ化粧品を売る「ワゴンDJ」。この仕事で思わぬ才能が開花した》


「あいつ何?」って、すぐに周囲から言われるようになりました。最初から売り上げを出していたから。同じ店舗でも、行く人によって売り上げが全然違うのがワゴンDJの世界。適当にやっていては売れない。こちらが売ろうとしている商品を、買おうと思ってお店に来たのではない人たちに衝動買いをしてもらうわけで、キチンと考えてものを伝えないと、お客さんは集まらないし、買ってくれない。

美容雑誌をよく読んで、新商品のうたい文句や成分を学び、自分だけのキャッチコピーとか成分アプローチとかを考えました。すると、お客さんが商品を買ってくれ、売り上げが伸びる。それが面白くてハマってしまいました。気が付くと、給料は社内で最高ランクでした。


《ハンドクリーム、化粧水、クレンジングオイル…。初めは面白おかしい話術に足を止めただけの客が最後はワゴンに殺到し、商品をわしづかみにしてレジに駆け込む。(本名の)「宮利之」の名前が全国の量販店に知れ渡り、次から次へと指名がくるようになった》


最初は先輩のアシスタントとして何回か店頭に出ます。このときは、ほぼ交通費しかもらえない。前座みたいですね。その後、一人で現場へ行くようになる。独りぼっちで行って、メーカーの業務員さんたちに指示をしたら、一日中一人でDJをやる。そして、業務員さんに「私たち何もしないで売り上げをもらえてありがたいわ」と言ってもらうのが仕事でした。

店内の雑踏の中で片手間に「すみません」と言っても、雑音と一緒に流れていってしまう。だから、目の前にいる人たち全員に「あなたに言っている」と呼びかける。「あれ、私に呼びかけているの?」と思われるくらいに「すみませーん、ただいまからー」とやれば、ピッとこっちを向いてくれる。これで集まる人数が全然違うんです。


《寄席でも、高座の座布団の上に座っている落語家が、客席にいる自分一人に話しかけているような錯覚に陥ることがある。同じ技術だろうか》


お客さんがこちらを向いたらしめたもの。「先着60名様に化粧品のお見本サンプル、通常無料ではお配りできないんですけど、本日特別にいまから無料で、先着60名様に無料で、いまから整理券をお配りします。なくなったら終了です。早い者勝ちになっちゃうんで、すみません!」とか一気に言って集まってもらいます。

やってみたらショーなんですよね。お笑いと商品紹介と販売をパッケージにしたショー。普通なら、お客さんはもらうものをもらったらすぐに帰ってしまう。そこにいても何のメリットもないから。だから、そこにいたら楽しいな、という空間にしないといけない。「この人面白いな」「次に何言うんだろう」って思わせる。驚きとか、発見とか、楽しさとかを何十秒かに1回突っ込んでいかないと、そこに居続けてくれない。

ちなみに、売れないDJは最初から「売る」っていうオーラを出しちゃうんですよね。僕は「財布を置いてきてください、買わなくていいです。皆さんにこれを家で使ってもらいたいだけなんです」と。まず自分を信用してもらう、好きになってもらう作業を最初にやりました。

何をしゃべるかより、誰がしゃべるか。古典落語だって、あんなにできあがった噺(はなし)なのに、誰がやるかで面白くもなればつまらなくもなる。それはここで訓練させていただいたのかな。(聞き手 池田証志)

(9)にすすむ

会員限定記事会員サービス詳細