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落語家・桂宮治(7) 俳優志望のはずが化粧品の実演販売

俳優時代
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《高校を卒業した後、憧れの俳優に向けて一歩を踏み出した。当時、人気絶頂だった「加藤健一事務所」のオーディションを受けようとしたが…》


「人を笑わせて笑わせて、最後に泣かせるのって、面白そうだな」と小さいころから思っていました。そう思わせた一番は「ザ・ドリフターズ」でした。ずっとテレビで見ていて、「あんなに楽しい空間をつくれるって、すごいな」と。「テレビに出たい」ではなく、「お芝居に出たい」という気持ちが漠然とありました。

親戚と温泉宿に行って、食事をするところに舞台があったら、人見知りのくせに上がってなんかやって、終わったら親のところに戻ってうずくまっているような子供でした。なんなんでしょう。自分でも自分が分からないですね。

高校生のときはずっと、俳優の加藤健一さんが大好きでした。連日、満席の大人気。下北沢の本多劇場に行って、すごく安かった高校生割引で入って、階段にクッションを敷いて見ていました。

「加藤健一事務所」のオーディションを受けることになっていたのですが、その何日か前に交通事故に遭ってしまいました。全身麻酔で手術を受けるほどの大事故で、いまでも傷痕が鎖骨に残っています。結局、次のオーディションまでの1年間を棒に振るのは嫌だからと、加藤健一事務所の演出をやっていた星充さんという方の俳優養成所に入りました。


《俳優養成所で最初に学んだのはパントマイム。「無」から「有」を生み出すのは落語と一緒だ。アルバイトをしながら、芝居に出る日々が続く》


アルバイト情報誌で探したバイトを転々としていました。飲食店やコンビニエンスストア、シロアリ駆除もやりました。劇団に所属していなかったので、プロデューサーが企画する「プロデュース公演」に出たりしていました。

実は芝居で得たものはそんなになくって…。パントマイムを教えてくれる先生に最初に習ったことはよかったのかもしれません。物を取るとか、引っ張るとか、ここに壁があるとか。何もないところに対象物があるというのをすごくやりました。

警備員のバイトの研修で、実際にはいないトラックを誘導してバックで駐車させた後、運転手に敬礼するまでを実演する訓練がありました。そのとき僕はトラックが止まった後、無意識に上を向いて敬礼したんですね。そしたら教官が駆け寄ってきて、「なんできみ、それやったの」と。「だって、トラックの運転席ってここ(上)にあるじゃないですか」って答えたら、「きみ、すごいね。その通りだよ」って感心されました。


《芝居とアルバイトに明け暮れるなか、落語家の次に「天職」ともいえる仕事に巡り合う》


20代半ばかな、役者の先輩から、ドラッグストアやスーパーマーケットで化粧品の実演販売をする「ワゴンDJ」という仕事を紹介されました。「役者とかお笑い関係、いろんな夢を持ってる人がたくさんいて面白いよ」と言われて行ってみると実際にそうでした。

仕事の内容は、化粧品メーカーの業務員さんと一緒に、ワゴンに化粧品を載っけて店頭に行き、業務員さんにはできないことをやる。大きい声を出してお客さんを集めたり、高揚させたりするんです。演歌歌手がミカン箱の上に立って歌うように、ビールケースを逆さにしてその上に立ってしゃべる。メジャーじゃないけど、人前で楽しいことをやってて面白いな、ちょっとやってみようかな、という軽い気持ちで始めました。(聞き手 池田証志)

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