着物だけではない 食品や再生医療に使えるシルクの力

工場で生産されるカイコの繭。幼虫は小部屋に入れられるとおとなしく繭をつくる =5月30日午前、愛媛県今治市
工場で生産されるカイコの繭。幼虫は小部屋に入れられるとおとなしく繭をつくる =5月30日午前、愛媛県今治市

カイコの飼育からシルク原料の抽出・精製まで一貫して行うことができる新たなシルク産業の工場「せとうちシルクファクトリー」が愛媛県今治市の社会福祉法人「来島会」の敷地内に完成し、本格稼働を始めた。食物や化成品、バイオ医薬支援などを視野に入れており、全国の産地での製品創出に貢献するとしている。

工場を建設したのは「ユナイテッドシルク」(松山市)。平成30年に約30団体で結成した愛媛シルク協議会の中心となる会社で、文部科学省科学技術振興機構の産学共同本格型A-STEPの採択を受け、東京農工大、愛媛大とともに共同研究をしている。空調大手「新菱冷熱工業」(東京都)が開発した「スマート養蚕システム」を導入している。

工場内で、カイコを飼育して繭を作らせ、そこからシルク原料のたんぱく質成分「フィブロイン」を抽出・精製し、パウダーや水溶液として生産することができるという。

社会福祉法人来島会の敷地内にオープンした工場「せとうちシルクファクトリ―」
社会福祉法人来島会の敷地内にオープンした工場「せとうちシルクファクトリ―」

農家での繭生産は5~10月にかけて行われるが、工場では温度と湿度を一定に保つことで年間を通じて生産することが可能。同社は松山市で本格稼働するもう一つの工場と合わせ年間約1トンの繭の生産を目指す。

カイコは数千年間にわたって人に飼われてきたため、きわめておとなしく、工場では5齢になると小さく仕切られた小部屋が並ぶ箱に1匹ずつ入れるが、暴れて逃げるようなことはないという。担当者は「じっとおとなしくして繭を作りますよ」と話していた。

5月30日に行われた開所式で、同社の河合崇社長は工場設置の経過を説明し「カイコの飼育からフィブロインの精製まで一気通貫でできる工場は世界でもきわめて先進的。愛媛の大事なシルクを、北米など世界をターゲットに販売していきたい」と意欲を述べた。

東京農工大学大学院工学研究院の中澤靖元教授は「日本の養蚕業は衰退し、生糸の生産量は減っているが、水溶液やパウダーにすれば医療分野など日本のシルク産業に新たな風を吹かせることができる。この工場が拠点となる」と期待を寄せた。

工場が立地しているのは来島会の「だんだんファーム」という畑地が広がる地区。ここでは障害のある人たちがシイタケやシャインマスカット、柑橘類の「甘平」などを生産している。越智清仁理事長は「ここでは働く人が輝いているのを見ることがよくある。連携することで、それを皆さんに感じてもらう機会になる」と話した。

温度、湿度を管理できる工場で飼育されているカイコ
温度、湿度を管理できる工場で飼育されているカイコ

来島会の製パン所では原材料にシルクパウダーを入れた「しるく食パン」(1斤540円)を製造しており、もっちりと弾力があって甘みのある食感に仕上がっていた。

この日は関連7団体の展示コーナーが設けられ、愛媛シルク協議会の「愛媛シルク大使」を務める木曽千草さんが化粧水などこれまでに開発された商品を紹介していた。

生きたカイコも展示され、木曽さんは「かわいいですよ」と訪れた人たちに手に取るように勧めていた。指に乗せるとカイコはしっかりとしがみつき、ゆっくりと上体をくねらせていた。

河合社長は「カイコは息を吸って吐いているので、シルクには保湿力がある。まずはフードテックを基軸にやっていきたい。皮膚細胞やiPS細胞など再生医療にも向いている」として、将来は再生医療分野への進出を見通す。同社は繭を工場での生産だけでなく、県内外から集める計画という。(村上栄一)

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