小窓から、しま模様の毛むくじゃらの手がにゅっと伸びる。東京都内有数の人気寄席「浅草演芸ホール」(台東区浅草)には接客にネズミ捕り、メディア露出と幅広く活躍するネコがいる。もともとは保護ネコで、ネズミ駆除のため飼われたが、その愛らしい振る舞いが人気を集め、本の題材にもなった。今では看板ネコとして〝ごひいき〟を抱えるほどに親しまれている。
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「ネズミの被害が甚大となり、猫を飼うことで寄せ付けない方法を執ることとなりました」(原文ママ)
平成28年7月、ホールの楽屋の壁に1枚の紙が張り出された。昭和39年にオープンしたホールは萩本欽一やビートたけしを輩出した「お笑いの殿堂」として名高いが、建物の老朽化や周囲の再開発で、この頃ネズミの出没が問題化。配線をかじったり、高座中の落語家の背後を走り回ったりする姿が目撃されていた。
そこでネズミ駆除に一役買ってもらおうとホールでネコを飼う案が浮上し、出演者の一人が保護していた「ジロリ」という名の雄を〝採用〟。同年8月からホールで飼い始めた。
銀色の毛が特徴的なジロリは現在推定7歳。緑色の瞳で周囲をジロッと見つめることから名付けられた。他のネコへの警戒心は強いが、人には物おじしない。
「ホールには不特定多数の人が出入りするので、いちいち怖がっていては仕事にならないが、お客さんを威嚇するようでもダメ。その点、ジロリは堂々と昼寝したり、妙に人間臭い一面があったりとうってつけだった」
ホールの従業員で、ジロリの世話係を務める角(すみ)雅恵さん(47)はこう話す。
ジロリの定位置は、「テケツ」と呼ばれる切符売り場だ。営業中はエサや水、トイレを完備したテケツの中で愛らしい姿を見せ、時には腕を伸ばしてチケットを客に手渡す。
スタッフが帰宅した後は館内を自由に歩き回り、本業のネズミ捕りに勤しむ。これまでに仕留めたネズミは12匹。ジロリの存在に恐れをなしたのか、ネズミの姿はめっきり見えなくなったとか。
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新型コロナウイルスの感染拡大でホールが臨時休館すると、再開するまでの間、ジロリは角さんの自宅で暮らした。住み慣れたホールから離れて「さすがのジロリも戸惑いを隠せない様子だった」と角さん。休館が解けてホールに戻ると、テケツでちょこんと横になり、うれしそうにゴロゴロと喉を鳴らした。
寄席に住みつくネコがいる―と次第にその存在は注目を集めるようになり、平成29年にはジロリを主役とした「浅草演芸ホールの看板猫ジロリの落語入門」(河出書房新社)が出版された。客の中には「ジロリに会いたいから、この寄席に来ました」と話すファンもいるという。〝おひねり〟として、ネコ用おやつをもらうこともある。
「寄席に入ったことがない人も多いけれど、敷居が高いわけじゃない。ジロリを入り口に落語の世界に気軽に触れてみてほしい」。角さんは期待を込めた。
(竹之内秀介)