キャリア70年の大女優、渡辺美佐子が最後の舞台へ

70年近い舞台人生を振り返る渡辺美佐子(佐藤徳昭撮影)
70年近い舞台人生を振り返る渡辺美佐子(佐藤徳昭撮影)

新劇の舞台をはじめ、映画やテレビで活躍してきた女優、渡辺美佐子(89)が6月に東京・俳優座劇場で上演される舞台「美しきものの伝説」(宮本研作)を最後に、舞台女優を引退する。演じるのは、新劇女優第1号とされる松井須磨子(1886~1919年)。5月上旬に行われた記者会見で、70年近く続けてきた舞台女優人生を振り返った。

小劇団で初舞台

父親は帽子の問屋、母親は専業主婦で5人きょうだいの末っ子として生まれ、「平凡な少女がひょんなことから女優の道に入ってしまった」。

著書「ひとり旅 一人芝居」(講談社)によると、高校3年のとき、たまたま憧れの俳優、信欣三(しん・きんぞう)を通学途中の電車内で見つけ、後をつけたところ、たどり着いたのが劇団俳優座。入り口で事務員風の女性から志願者と勘違いされて手渡されたのが、俳優座養成所3期生の募集要項だった。

当時は「女優になりたいなどと思ったこともなかった」。ただ、進路先を決めかねていたこともあり、養成所に〝吸い込まれるように〟入学した。

卒業後は、養成所の1年先輩の小沢昭一が立ち上げた「劇団新人会」に入団。昭和30年、「家庭教師」(ブレヒト作)で初舞台に立った。「俳優座に入れなくてすごくがっかりしたが、今から考えると本当に幸運だった。(小さな劇団で)俳優が少なかったので、割と最初からいい役をいただけた」

しかし劇団はまもなく財政難に。渡辺は日活に派遣され、映画にも出演するようになった。「それも幸運だった。当時は映画がいちばん盛んな頃で東宝や松竹など映画会社5社が次々作品を封切っていたが、それでも映画館は満員になっているような状況だった」

多い時には1年間に14本の映画に出演したこともあった。「午前中に女子大生、午後から芸者を演じるとか、経験したことがないことをいきなりやらされる。それがまた面白かった」と振り返る。

「(演出家の)千田是也(せんだ・これや)先生と田中千禾夫(ちかお)先生は本当に私の恩師。芝居というものを教えていただいた」と感謝の気持ちを述べ、福田善之、井上ひさし、斎藤憐(れん)、坂手洋二らの名前も口にした。

「私に戯曲を書いてくださり、育てていただいた。社会の中で生きていく人間の姿勢を教えていただいた。皆さんにお会いできなかったら、今の私はいないと思う」

今後も活動を

「70年近い舞台生活の中で一度も休演したことも、途中で降りたこともない。両親に感謝している」。今年10月に90歳になるが、持病もないという。

今回、松井須磨子を演じることについて「すごく勇み立つ」と意気込む。トルストイの「復活」やイプセンの「人形の家」などの作品を挙げ、「自立する、自由を求める、今までの殻を破ろうとする、(須磨子は)そういう女性を次から次へと演じていた」と評した。

舞台女優は引退するが、映画、ドラマなどは「面白そうなものがあればやらせていただきたい」。また「戦争中に育った者の宿命のようなものなので、(ライフワークとして続けてきた原爆の惨禍を伝える)朗読劇は、ご要望があればどこにでも行きたい」と、活動を続ける意欲を示した。

これまで大切にしてきた言葉を問われると、最後に石川啄木の歌を披露した。

こころよく

我にはたらく仕事あれ  それを仕遂げて死なむと思ふ

「美しきものの伝説」は6月16~26日。問い合わせは新劇交流プロジェクト事務局、03・3419・2871。(水沼啓子)

わたなべ・みさこ 昭和7年生まれ、東京都出身。俳優座養成所卒業。「ひめゆりの塔」で映画デビュー。一人芝居「化粧」など舞台で幅広く活躍。映画「果しなき欲望」やNHK連続テレビ小説「おしん」「春よ、来い」「おひさま」などに出演。紫綬褒章、旭日小綬章を受章。

会員限定記事会員サービス詳細