被災住宅の跡地に「みんなの畑」 大阪北部地震4年

大阪北部地震を機に解体した建物の跡地に設けられた畑にサツマイモを埋める小学生ら=5月22日、大阪府茨木市
大阪北部地震を機に解体した建物の跡地に設けられた畑にサツマイモを埋める小学生ら=5月22日、大阪府茨木市

平成30年の大阪北部地震で最大震度6弱を観測した大阪府茨木市の住宅街に、市民の笑い声が響く畑がある。その名も「みんなの畑」。地震前は老朽化した木造住宅が建っていたが揺れで損壊し、その後更地になっていた。取り組みの原点は被災経験で感じた地域コミュニティーの重要性だ。今月18日で地震から4年。支え合いの輪は次世代にも広がっている。

5月下旬、茨木市大手町の畑に、親子連れや地元の高校生、大学生ら約50人が集まった。2時間かけてサツマイモやピーマンなど4種類の野菜を植え、小学4年の中野豪大(ごうた)君(9)は「当たり前だと思っていた食べ物のありがたさを感じた」と充実した表情で汗をぬぐった。

畑作業に先立って防災教室も開かれ、茨木市内のキャンパスに通う立命館大の学生が、小学生に災害食・アルファ化米の調理方法を指導。立命館大3年の山本春樹さん(21)は「防災は難しいテーマと思われがちだが、小学生が楽しそうに学んでくれた」と振り返った。

約450平方メートルの畑は、阪急茨木市駅から西へ約400メートルの住宅や店舗が立ち並ぶ地域にある。市役所からも近く、住宅需要が大きい「一等地」だ。

土地所有者によると、地震前は木造平屋の借家が連なっていた。しかし地震で屋根瓦が壊れたり、柱がずれたりする被害に見舞われた。地震から約3カ月後の台風21号による被害拡大が追い打ちとなり、建物の解体が決まった。

土地は更地になった後、子育て支援や食育に取り組む市民団体「シェアリンク茨木」に無償で貸し出されることに。「子供たちの笑い声が響く場所になってほしい」との所有者の思いがあった。

同団体は2年前の春から更地に肥料を運び込み、土壌を整備。毎年、交流サイト(SNS)などで参加者を募り、初めて顔を合わせる人たちが協力しながら、植え付けや収穫、育てた野菜を食べるイベントを開催してきた。

活動は新型コロナウイルス禍の始まりと重なった。「引っ越してきたばかりで友人がいない」「コロナの影響で心も生活も不安定になった」。参加者の中にはさまざまな事情を抱えた人がいた。だが畑作業を通じた交流が、立ち直るきっかけにもなったという。

団体の辻由起子代表(48)は、4年前の被災経験を基に「災害時は備蓄だけでなく、助け合いがあってこそ、心から安心できる」と意義を語る。「普段から人と人、心と心がつながることができる場所は非常に貴重。優しさの輪が広がっていくような畑にしていきたい」と話した。

地域防災、イベントの積み重ねから

大規模災害が発生した際、住民どうしの助け合いは欠かせない。地震や風水害が多発する昨今、防災意識は高まりつつあるが、個々の備えだけでなく、地域交流の機会をいかに確保できるかが課題となっている。

防災白書によると、平成7年の阪神大震災では、倒壊した建物から救助された人の約8割は、消防や警察ではなく、家族や近隣住民などによって助け出されたとの調査結果がある。23年の東日本大震災では、地域一体となって津波から避難した岩手県釜石市の事例が「釜石の奇跡」として注目された。

内閣府が28年に全国1万人を対象に実施したアンケートでは、6割以上が居住地で「大災害が発生する可能性が高い」と認識。その半面、災害への備えを進めているのは37・8%にとどまった。

今後の取り組みとして、46・3%が水や食料の確保といった自宅での備えに意欲的だったが、自主防災組織や自治会などに参加することに意欲を示したのはわずか4・5%だった。

ただ地域のイベントを通して、近所の人と顔なじみになることなどには18・1%が積極的だった。地域住民と気軽に交流できる場の確保が重要といえる。(野々山暢)

■大阪北部地震 平成30年6月18日午前7時58分ごろ発生。大阪府北部が震源で規模はマグニチュード(M)6・1。震度は同府茨木市や高槻市などで6弱、京都市などで5強を観測した。総務省消防庁によると、大阪府で関連死を含め6人が死亡、関西を中心に約460人が負傷した。住宅被害は滋賀、京都、大阪、兵庫、奈良の5府県で計6万1千棟を超えた。発生が朝の通勤ラッシュと重なり、鉄道網がまひして多くの出勤・帰宅困難者が出た。

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