「勝つ」から「楽しむ」に 世界の舞台に戻ってきたパラ水泳・木村敬一

世界選手権を前に「ライバルと競い合う楽しさを取り戻したい」と抱負を語る木村=5月12日、東京都港区(森田景史撮影)
世界選手権を前に「ライバルと競い合う楽しさを取り戻したい」と抱負を語る木村=5月12日、東京都港区(森田景史撮影)

「全盲のスイマー」として知られるパラ水泳のエース、木村敬一(31)=東京ガス=が再び世界の舞台に戻ってきた。昨夏の東京パラリンピックでは「取れなければ人生、意味がない」と退路を断って金メダルを獲得。それを境に「勝つ」から「楽しむ」へと競技観が変わった。4種目に出る世界パラ水泳選手権(12~18日、ポルトガル・マデイラ)を前に、産経新聞の取材に応じた木村は「ライバルと競い合う楽しさを取り戻したい」と抱負を語った。(森田景史)

東京パラの後、誰の指導を受けることもなく一人で泳ぎ続けてきた。

「この先、自分の中で競技をどう位置づけるのか答えが出ず、競泳をスパッと切り離すことができなかった。どうしたらいいのか分からず、プールと対話をしてきた。僕が『どうですかね?』と聞くと、プールから『お前次第じゃないの』と返ってくる感じ」

その中で得たのは、自分を追い詰める必要のない日々の「幸せ」だ。

「それまでは競技を人生の一部としては捉えられなくて。金メダルが取れなければ『人生失敗だ』と。今は、いろんなパートが自分の人生にはある、と考えられるようになった。人生を豊かにするために、体を鍛えて、泳いで、強く速くなっていく-という考え方もあっていいんだな、と。(競泳以外で)いろいろな仕事に行かせてもらうのも面白い。自信を持ってやれているのは、まだ競泳しかないけれど、楽しいからいいかな、と思える」

東京パラを経験した社会の変化も感じる。「パラ」は、日本のスポーツシーンの一部だ。木村自身は卓出のトーク力を買われ、バラエティー番組への出演依頼を何度か受けた。

「社会が前に進んだ気がする。僕がバラエティー番組に呼んでもらえることもそう。多様な存在にスポットライトが当たるのは、世の中が前進し続けているということ。障害者が社会に溶け込んでいけば、社会の変化は自然と起きる。だからパラスポーツがどんどん普及すれば、社会はもっと変わる。楽しめるものを持っている人が多いほど豊かな国なんだと思う」

内面の変化を経験し、再び戦いの舞台に戻ってきた木村。今回の世界選手権は「楽しむ」がテーマだ。

「世界中のライバルと競い合う楽しさを取り戻したい。東京パラではスタート台に立ったとき、『隣の選手といい勝負ができれば』とは思えなかった。楽しさを感じられないまま終わってしまったので、それは健全じゃない。今回は楽しみながら、戦う気持ちがどれだけ湧き上がってくるのか確かめたい」

2024年パリ大会も迫ってきた。パラアスリートとして、心がどこへ向かうのかも確かめたいという。

「もし、パリを目指すと心が決まったら、一人では泳がない。指導してもらう方がいて、サポートしてもらう方がいて、チームの形になって。『戦うぞ』という雰囲気を出し始めたら、覚悟を決めたと思ってほしい。今は泳ぐこと、トレーニングすること自体が面白い。そこから競技力との親和性が出てくれば、目指してもいいのかな」

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