日曜に書く

論説委員・川瀬弘至 記者諸君、起立したまえ

沖縄県宜野湾市で開かれた沖縄復帰50周年記念式典
沖縄県宜野湾市で開かれた沖縄復帰50周年記念式典

沖縄県民への世論調査で、実に94%が「良かったと思う」と回答した項目がある。

50年前に実現した、祖国への復帰だ。

調査は今春、18歳以上の男女1500人を対象に共同通信社が行った。「(復帰して)良かったとは思わない」はわずかに5%、無回答が1%だった。

復帰へのネガティブな報道が多い中、この数字は驚異的だろう。もっとも共同の記事は別の調査項目、復帰後の歩みに「満足していない」が55%だったことに重点が置かれ、94%の意義はかすんでしまったが…。

9割超が中国警戒

戦後27年間にわたり米軍統治下に置かれた沖縄は、反政府的な風潮が強いと思われがちだ。しかし調査から浮かび上がる県民性はだいぶ異なる。

米国に親しみを感じるか、との問いに「感じる」は18%、「どちらかといえば感じる」は58%で、親米派が多い。

一方、現在の中国に親しみを「感じる」は1%、「どちらかといえば感じる」は8%。県の一部である尖閣諸島問題についても、危機感が「大いにある」60%、「ある程度ある」32%で、9割以上が中国の動きを警戒している。

むろん広大な米軍基地への不満は大きく、基地負担がほかの都道府県に比べ「不平等だと思う」が、「どちらかといえば」を含め計83%を占めた。

ただ、同時期に実施した全国調査でも計79%が「不平等」と認識している。沖縄における基地負担の軽減は、国民共通の宿題といえるだろう。

抑止力も大切だ。日米同盟に反対する県民は少なく、むしろ同盟関係を「強化するべきだ」と考える割合は21%、「今のままでよい」が50%だった。自衛隊についても「信頼している」35%、「どちらかといえば信頼している」47%と、8割以上が支持している。

要するに県民も、本土と変わらない、普通の感覚を持っているのである。

メディアはネガティブ

ところがこの「普通の感覚」が、なかなか本土に伝わらない。県民の多くが断固基地反対で、ごりごりの反戦主義者だと勘違いする人もいるから困ってしまう。

原因の一端は、メディアにある。国を加害者、県を被害者と位置づけ、国への批判の声ばかり集めたような報道が、やたら多いのだ。

復帰50年をめぐっても、とくに朝日、毎日両紙の批判的な論調が目立った。5月15日の節目を報じた、16日付の各紙朝刊を読み比べてみよう。

産経の1面見出しは「国と沖縄 歩み寄る未来へ」、社会面は「琉球の心 後世に伝える」。読売社会面は「3世代 笑顔で照らす」と前を向くが、朝日の1面見出しは「『平和の島』達成されず」、毎日社会面は「復帰50年 晴れぬ沖縄」といった具合である。

地元2紙はさらにネガティブで、「望んだ未来 遠く」(琉球新報)「過重負担 声上げる」(沖縄タイムス)などの大見出しが並んだ。紙面の過半を基地批判が占め、県民の9割が危惧する尖閣問題にはほとんど触れなかった。

現状への課題を指摘することと、少数者の視点を取り上げることは、メディアの重要な責務である。しかし多数と少数を取り違えてはならない。

沖縄取材でしばしば感じるのは、「どうせ反対されるだけだから」という、政府関係者の嘆息だ。一方で県側もメディアにあおられ、容易に妥協できないでいる。

双方とも、祖国復帰を喜ぶ94%の県民ではなく、5%のほうに意識が向いてはいまいか。基地問題にせよ経済格差にせよ、大多数の県民は国と県との協力を望んでいる。メディアはあまり報じないけれど…。

異質な報道エリア

なぜ、国へのネガティブな報道が多いのか。その答えを、政府と県共催の沖縄復帰50周年記念式典で見つけた。

沖縄会場での冒頭、テノール歌手による国歌独唱のときだ。来場者はみんな起立したが、後方の報道エリアに座っていた記者たちは、誰も立ち上がろうとしなかった。もともと立って撮影していたカメラマンと、筆者をのぞいて。

沖縄に限らず、国旗掲揚時や国歌斉唱時に記者が起立するのを見たことがない。何の特権意識か知らないが、そういう気構えで書く記事は、94%の声を映し出さないだろう。(かわせ ひろゆき)

会員限定記事会員サービス詳細