「リニアの思い 最後まで」JR東海の葛西氏死去、悼む声相次ぐ

葛西敬之氏(鴨川一也撮影)
葛西敬之氏(鴨川一也撮影)

JR東海の金子慎社長は27日の定例会見で、25日に死去したJR東海名誉会長の葛西敬之氏について「確固たる国家観、世界観を持ち、日本の発展に心を砕いていた」としのんだ。また、東海道新幹線の品川駅開業と「のぞみ」中心ダイヤの実現による「日本経済の発展への寄与」を葛西氏の主な功績に挙げた。

国鉄時代含め葛西氏の近くで仕事をする期間が長かったという金子氏は、その力強い仕事ぶりに当時から「感服した」。最後に会話した際は「リニア中央新幹線は将来のために実現しなければいけない」としていたという。

一方、リニア実用化に向けた国の有識者委員会で、過去に委員長を務めた政策研究大学院大学の森地茂名誉教授は「亡くなるのが早すぎる。大変残念」と、故人を悼んだ。

初めて葛西氏と会ったのは約30年前。当時、JR東海が進めていた東海道新幹線の品川駅構想は一部から反発を受けていたという。同社最高幹部だった葛西氏は、森地氏が建設の妥当性について発言していたことを知ると、すぐに会いに来て協力を求めてきた。

以来、親交を深め、専門家がリニア整備について話し合う私的懇談会の場で議論を重ねた。自ら旗振り役としてリニア構想を進めていた葛西氏だが、聞き役に徹し、良いアドバイスとあらば担当者を後日派遣して改めて話を聞かせていた。

体調が悪化して既に携帯型の酸素吸入器をつけた状態だった昨年9月。「リニア新駅を周辺の発展にどう生かせるのか考えたい」と協力を求めてきた。環境問題を懸念する静岡県の反発で整備が頓挫する中、事態が前進したときのためにできることをやっていた。

「とにかくリーダーシップが強く、それでいて謙虚だった」(森地氏)

最後に会った同12月の雑誌対談の現場では、JR東海が目指す新幹線システムの米国輸出について「リニアを米国で走らせたい。もう一息だ」と意欲を見せていたというが、それを見ることもかなわぬ夢となった。(福田涼太郎)

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