「球界の危機」救ったコミッショナー 熊崎氏死去

2017年7月、野球日本代表の稲葉篤紀監督(右)と握手する日本野球協議会の熊崎勝彦会長=東京都内のホテル
2017年7月、野球日本代表の稲葉篤紀監督(右)と握手する日本野球協議会の熊崎勝彦会長=東京都内のホテル

13日に死去したプロ野球の第13代コミッショナー、熊崎勝彦さんは、球界の危機を迅速かつ豪快な裁きで救った。熊崎さんがいなければ、球界に今も暗い影を落としていたかもしれない、と思うときがある。

2013年、プロ野球で使用する球を公表せずに飛びやすく変更していた「統一球問題」が発覚した。引責辞任した当時の加藤良三コミッショナーの後任として翌14年に就任。なり手がなかなか見つからない中、あえて〝火中の栗〟を拾った。

東京地検特捜部時代、「落としの熊崎」の異名を取った剛腕は、球界でも健在だった。14年春、同様の統一球問題が起こると「一日、一秒でも早く情報を出すべきだと考えた」と即日、検査結果を公表し、原因究明を指示。1カ月足らずで問題を収束させた。

15年に発覚した巨人の現役選手による野球賭博問題では、携帯電話のデータを解析するなどして粘り強く調査を進めた。日本野球機構(NPB)の井原敦事務局長は「非常に明るく、強いリーダーシップで私どもを指導していただいた。豪放磊落(らいらく)な人柄もあるが、仕事は緻密で繊細だった」と振り返った。

記者に対してもフランクだった。ふらっと記者室を訪れ、野球の話題から特捜部時代の裏話まで小一時間、話し込んだ。去り際には毎回「今度、みんなでビールを片手に、野球観戦したいね」。実現できなかったことが悔やまれる。(神田さやか)

熊崎勝彦氏死去 元特捜部長、プロ野球コミッショナー

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