卓越した国家観 議論逃げぬ憂国の経営者 葛西氏死去

葛西敬之氏(鴨川一也撮影)
葛西敬之氏(鴨川一也撮影)

2年ほど前にお会いした際には、穏やかな口調で昔話に興じてくれた。だが、旧運輸省(現国土交通省)を担当していた二十数年前、旧国鉄債務処理などを取材していた当時は、本当に怖い人だった。

政府・自民党から方針案を聞きつけ、それを葛西氏にぶつける度に、「どこの誰がそんなことを話しているんだ!」と怒鳴りつけられた。それでも、その案が抱える問題点を論理立ててきちんと説明してくれるので、話を聞かないわけにはいかなかった。

官僚らも、葛西氏が「国鉄改革3人組」の一人として海外の国有事業の民営化に通じていることを知っていた。だから葛西氏の反論に備えて海外事例の研究を怠らなかったのだという。

いつも真剣だった。そして卓越した国家観を持った経営者でもあった。国鉄の民営化では日本の鉄道の将来を憂え、民営化の実現に奔走した。その後、自らリニア中央新幹線計画を主導したのも、大地震で東海道新幹線が被災した際の影響を憂慮したからだ。

新幹線の技術を海外に売り込む際、当時の財界内で要望が強かった中国への技術移転には強く反対した。中国への技術流出を懸念したからだ。ビジネスの前に国の安全保障の姿をいつも考えていた。

鉄道事業だけではない。国の将来を支える人材育成のため、トヨタ自動車や中部電力の首脳と協力し、全寮制の中高一貫校「海陽学園」の設立に尽力した。

東京電力福島第1原発の事故後も、資源小国の日本にとっての原発の必要性を広く訴えた。原子力損害賠償支援機構の運営委員や、東電の経営を監視する第三者委の委員を務めたのも、原発の重要性を何より認識していたからだ。

原発事故後、多くの財界人は世論の反発を恐れ、原発の話題に触れるのを避ける傾向が強かった。その中で葛西氏は正面から原発の必要性を説き、議論から逃げなかった。本紙に何度も原発問題などの論考を掲載したのも、日本のエネルギー安全保障のあり方を考えてのことだった。

安倍晋三元首相を囲む経済人の集まりを主宰し、一度は失意の退陣を余儀なくされた安倍氏の再出馬を支えた。「日本にとって必要な政治家です」と訴えながら、その安倍氏にはさまざまに注文を付けていた。それが葛西氏らしい。日本はまた、稀有(けう)な憂国の経営者を失ってしまった。(論説委員 井伊重之)

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