野球がぜんぶ教えてくれた 田尾安志

厳しいしつけが競争で生きる

今季から米だリーグでプレーしているカブスの鈴木=5月18日、シカゴ(共同)
今季から米だリーグでプレーしているカブスの鈴木=5月18日、シカゴ(共同)

日本球界から米大リーグに挑戦する選手は毎年のように現れるが、成功できる選手はほんのひと握りだ。今季、広島からポスティングシステムでカブス入りして戦っている鈴木誠也外野手は4月下旬以降は打撃不振に陥っているが、これからの活躍を楽しみにしている選手だ。

鈴木の強みは、広島というチームで身につけたハングリーさや、いい意味での泥臭さにある。広島では、結果を残せない若い選手がちやほやされたり、甘やかされたりすることは決してない。

僕と同学年で、広島や阪神でコーチを務めた岡義朗(よしあき)(現野球評論家)が広島の選手だったときのエピソードは強烈だ。岡に強い衝撃を与えたのが、1975年から85年まで広島で指揮を執った古葉竹識(たけし)監督の厳しさだった。

岡は外野守備中に膝の靱帯(じんたい)を損傷するけがをし、歩行に松葉づえが必要になった。報告を受けた古葉監督は岡をベンチ入りさせ、1点リードされている試合の九回無死一塁の場面で代走として起用。すぐに盗塁のサインを出した。

〝むちゃぶり〟に岡は戸惑い、二塁へスタートを切れない間に2死一塁に場面が変わった。ベンチをのぞくと古葉監督が「走れ」と言わんばかりに鬼の形相で怒っている。岡は意を決して二塁に走り、盗塁に成功したという。古葉監督は、故障の岡をあえて代走で使い、盗塁を命じることで、チームに戦う空気を作り出したかったのではないだろうか。

僕が同志社大の野球部にいた時代は、先輩と後輩の上下関係が厳しく、寮での生活で上級生の目が光った。毎日、朝は掃き掃除をして、夜は拭き掃除も含めてしっかりと清掃。クモの巣が1本でも張っていたら、下級生は1週間外出禁止になった。

ところが、近くに建っていたラグビー部の寮はずいぶんと違った。建物は清掃されている形跡もなく汚れっぱなしで、玄関を入ったところのスリッパも雑然と置かれたまま。野球部のような上下関係がないのではないかと不思議に思ってみていた。どちらが良いか悪いかは別として、日本では野球は武道のような一面もあるようだ。メジャーで戦う鈴木も、カープ育ちのたくましさで激しい競争を勝ち抜いていってほしい。(野球評論家)

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