水深180メートル、さらに深く 船体損傷で原因究明難航も 観光船沈没

観光船「KAZU Ⅰ」の沈没事故で、作業船「海進」によって海面付近までつり上げられた船体=23日午後3時4分、北海道・知床半島沖
観光船「KAZU Ⅰ」の沈没事故で、作業船「海進」によって海面付近までつり上げられた船体=23日午後3時4分、北海道・知床半島沖

北海道・知床半島沖の観光船「KAZU I(カズ・ワン)」の沈没事故で、海底からつり上げられ曳航(えいこう)中だった船体が24日、水深約180メートルの海底に再び沈んだ。船体の損傷やエンジンの状態を確認できれば、沈没に至った経緯を推定できる。有力な物証となるため、いかに事故当時の状態を保ったまま引き揚げられるかが課題だったが、今回の落下で船体に新たな損傷が生じた場合、事故の真相解明に影響を及ぼす恐れも指摘される。事故の原因究明や捜査に支障はないのか。

引き揚げ作業で船体を固定する際、金属製のワイヤを使用すると繊維強化プラスチック(FRP)の船体を傷つける恐れがあるため「スリング」と呼ばれるナイロン製のベルトが使用された。元第3管区海上保安本部長で日本水難救済会常務理事を務める遠山純司(あつし)氏は「強いうねりや潮の流れが生じたときに船体の動揺が重なり、ベルトやロープに過度なテンション(張力)がかかった可能性がある」との見方を示す。

周辺の海域は急峻(きゅうしゅん)な地形で海流が速く、複雑な潮の流れが指摘されていた。落下の原因はまだ特定されていないが、海上保安庁関係者も「曳航する際に予期せぬ力が加わった可能性がある」と推測している。

沈没現場で船体を作業船に引き揚げなかったのは「引き揚げ作業は大きな負荷がかかるため、深い海域を避け、浅い海域で行うための選択」(海保幹部)だった。だが、水深約120メートルの海底から引き揚げられた船体は、さらに約60メートルも深い海底に再び沈んだ。

海保によると、海底で確認された船体は原形をとどめているというが、業務上過失致死傷事件に詳しい元検事の高井康行弁護士は「船体の落下によって、沈没原因を解明する上で克服しなければならない問題点が一つ増えたことは間違いない」と懸念する。

海難事故に詳しい近藤慶(けい)弁護士も「今回の落下で生じた船体の傷と、沈没事故に関連する傷の区別がつくのかどうか。船体の損傷状況によっては、事故の原因究明がさらに難しくなる可能性がある」と指摘する。

船体は引き揚げ後に陸地に移され、運輸安全委員会による事故原因の究明と海保の捜査が本格化するはずだった。今後の調査や捜査に影響はないのか。

海保幹部は「すでにROV(遠隔操作型無人潜水機)で調査しているため、捜査への影響は生じない」と強調する。遠山氏も「影響は限定的」との見方だ。

鹿児島県・奄美大島沖で平成13年12月に起きた北朝鮮工作船と海保巡視船との銃撃事件では、不審船が自爆自沈してから引き揚げられるまで約8カ月半が経過。自爆による損傷と船内にたまったヘドロなどで調査は難航した。だが、今回の沈没事故では約1カ月で引き揚げ作業に着手できており、再引き揚げに向けた作業も難航するようなことはないとみられている。

捜査では、過失責任の所在が焦点となる。水難事故の立件には運航と事故との因果関係の立証が不可欠。引き揚げられた船体は、刑事責任追及に向けた捜査や事故原因を特定する上で大きな手掛かりとなる。

元海保警備救難監で東京湾海難防止協会理事長の向田(むかいだ)昌幸氏は「引き揚げ後の船内外の調査に際しては、今回の落下で新たな損傷などが生じた可能性も視野に入れ、浸水・沈没に至る原因や乗員乗客の脱出時の状況などを究明する手掛かりを慎重に見極めることが重要だ」と指摘。高井氏は「最初の沈没でできた傷か、今回の落下でできた傷か、鑑定によって識別ができれば証拠としての価値に変わりはない」と話した。(大竹直樹)

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