小林繁伝

山口争奪戦のドラフト、一番くじはどこ 虎番疾風録其の四(52)

昭和49年のドラフトの目玉、松下電器の山口投手
昭和49年のドラフトの目玉、松下電器の山口投手

昭和49年のドラフトの目玉は、なんといっても松下電器の剛速球投手、山口高志(24)である。この年の都市対抗野球では新日鉄堺の〝補強選手〟として活躍し「小野賞」を獲得した。

47年に松下への入社が内定している山口をヤクルトが4位で指名したが拒否。松園オーナーが獲得交渉の陣頭に立ち「白紙の小切手を渡した」との噂もたったほど。あれから2年…。山口争奪戦の再燃である。

スカウトの間では『山口を手中にすればドラフトを制する』とまでいわれていた。だが、松下サイドは「エースのプロ入りはあり得ない」と断言していた。

11月6日、山口は母校・市神港高(兵庫)時代の同級生の女性と結婚。山口の希望で大阪・門真市にある一戸建ての社宅に入居した。社宅に入るためには2年以上の社歴が必要だった。山口は2年未満で入居が許された。だから会社側は「義理でもプロには入れない」というのである。

もちろん山口自身が〝プロ拒否〟宣言をしたわけではない。むしろ心は揺れていた。松下の高木監督も「絶対にプロには行かない、と言い切れないものがある」と語った。「もう一段レベルの高い世界で自分の力を試してみたい」という山口の本当の気持ちを理解していたからだ。

49年のアマ球界は実力のある選手が多く「豊作」といわれた。

都市対抗野球の優勝投手、中山俊之(大昭和北海道)。甲子園を沸かせた好投手、土屋正勝(銚子商)、工藤一彦(土浦日大)、永川英植(横浜高)、定岡正二(鹿児島実)、堂園喜義(鹿児島商)は〝高校ビッグ5〟と呼ばれた。

「ボクの好きな球団は阪神です。兄貴は南海にいるけれど、ボクは小さなころから阪神ファンだったんです」と定岡は第1希望に阪神を挙げた。すべてはくじ運しだい。

49年のドラフトから契約金の上限(1千万円)が廃止された。まず、本抽選のくじを引く順番を決める「予備抽選」が行われ、本抽選では予備抽選で1番を引いた球団からくじを引いていく。そこで出た数字が指名順位だ。

ことしはどこの球団が「一番くじ」を引き当てるのか―。11月19日、東京・日比谷の日生会館で「第10回ドラフト会議」が始まった。(敬称略)

■小林繁伝53

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