「人柱行政」脱却へ 観光船事故で問われる国の本気度

北海道の知床半島沖で観光船が沈没した事故では、運航会社の杜撰(ずさん)な運営実態だけでなく、安全管理の不備を見逃してきた国にも厳しい目が向けられている。チェック体制が甘かった背景として人員不足が指摘されているが、専門家からは「重大事故が起きるまで動こうとしない」行政のあり方を批判する声も上がる。事故から1カ月。国土交通省は安全管理体制を大幅に見直す方針だが、悲劇を繰り返さないためにも、国の本気度が問われている。

「増加する船舶に対して、監査・検査する人員が圧倒的に足りていない」。東海大の山田吉彦教授(海上安全保障)は社会情勢の変化に行政が追い付いていなかったと指摘する。

国交省によると、監査対象となる旅客船事業者は5324社、貨物船事業者は2090社(令和2年)。これに対し、監査を担う運航労務監理官は180人(3年度)にとどまる。国の船舶検査を代行する日本小型船舶検査機構(JCI)も、30万隻以上の小型船舶を138人(今年4月現在)で検査している。

国交省幹部は「20年余り前の規制緩和で事前審査から事後チェックに重点を置くようになったが、人員を急に増やすことはできなかった」と釈明する。

だが、運輸の安全管理に詳しい専門家は現状を「今回のような事故が起きるまで見直そうとしない『人柱行政』そのもの」と批判。結果的に安全を軽んじる事業者を放置した国交省の姿勢を問題視する。

チェックの「質」にも疑義が呈されている。

沈没した観光船「KAZU Ⅰ(カズ・ワン)」の運航会社「知床遊覧船」では、昨年5、6月にカズ・ワンが2件の事故を起こした際に複数の安全管理規程違反が発覚。北海道運輸局が特別監査と行政指導を実施したが、業務改善の取り組みとして同社が提出したカズ・ワンの運航記録簿は明らかに不自然だった。風速と波の高さが毎日同じ数値だったからだ。

にもかかわらず、運輸局は同社に確認すらしなかった。船との連絡手段も規程で定めた業務用無線ではなく通信設備として認められていないアマチュア無線。国は衛星電話を使用するよう行政指導したが、今回の事故当時は故障しており、行政指導が形骸化している実態も浮き彫りとなった。

事故の3日前にJCIが行った船舶検査では、船長の「つながる」との申告をうのみにし、通信手段を衛星電話から携帯電話に変更。実際は航路の大半が圏外だったのに、つながるかどうか確認することなく通信手段として認めていた。

元海上保安監で海上災害防止センター理事長の伊藤裕康氏は「検査員であれば、航路が通信エリアに入っているかどうか最低限確認しないといけない」とし、特に都市部から離れた知床半島や離島などでは細心の注意が必要と訴える。

一方、山田教授は「船舶検査がJCI任せで、国が検査を管理できていなかったことも問題だ」と話す。

こうした「反省点」(斉藤鉄夫国交相)を踏まえ、国交省は20日に行われた小型旅客船の安全対策を議論する有識者検討委員会の会合で、監査・検査体制を見直し、抜き打ちやリモートで監視を強化する案を示した。寒冷地など地域性を考慮した検査方法も検討する方針だ。

事業者に目を光らせる人手は不足しているが、伊藤氏は「人命をあずかる旅客船については重点的に検査するなどメリハリをつけることが大切」と強調する。

事業者の「性善説」で成り立ち、おざなりなチェック体制だったことは否めない。国には、「人柱行政」と揶揄(やゆ)される体質を改め、事故の芽を摘む「予防行政」への転換が求められている。(大竹直樹)

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